第十三話 悪役令嬢、領都で暗躍する
洗礼式は無事に終わった。
次の難関は辺境伯が招いてくれる晩餐会か、舞踏会だろう。
姉のレルーイは舞踏会に招かれ、そこで挨拶を交わして終わったと聞く。
帰ってきた姉は「緊張して損した」と言っていた。
私もそれで終われば幸せだろうが…………終わる訳がない。
レプス領は麦の収穫が上がり、騎士団の魔物討伐とⅢ級冒険者の荷物持ちなど諸々の収入で黒字に転じた。
辺境伯から預かっていた補助金も全返納し、保護領から準保護領に移行した。
三年続けば、独立領主に認められる。
この秋から果実、北の香辛料、砂糖の三種を販売し始めると、さらに収入が安定するので、独立はほぼ見えてきた。
でも、私は確信した。
父は人を疑うことを知らな過ぎる。
私は父のそんな性格が好きだが、貴族社会では通じない。
“ご主人様の父君は致命的なお人好しだな”
<ポン太、考えている所で話し掛けない>
“行きの馬車の話を聞き流したご主人様へのアドバイスをしてやろうと思っただけだ”
<覚えているわ。ただ、同じような会話を私の耳がデリートしていただけよ>
“それを聞いていないと言うんだよ”
<で、お母さんは何の話をしていたの?>
“最初に来た侍女や家人らが辞めた理由だ”
<レプス領の過酷さに驚いて逃げただけでしょう。まぁ、連れてきた農奴の半数が凍死と病死で亡くなれば逃げたくなるわ>
“それは根性なしの侍女だ。契約期間を待たずに辞めた侍女らの評価は最低になるから、レプス領の過酷さを強調したことで、次の募集が誰もいなくなった”
<あぁ~、そんな話をしていたね>
“だが、真の理由は「ちょろまかす物資がない」「取引先の商店からの賄賂を貰えない」「買物の差額を懐に入れられない」という給金以外の副収入がないことだ”
<レプス男爵家はクィリッィエが管理しているから、管理要らず、商人との交渉要らず、買物のお使いもないね>
“侍女長や料理長は砂糖や塩をチョロ誤魔化して現金化する奴が多い。買い付けの商人に品質に文句を言わない代わりに賄賂を要求する。夫人の仕事は不正を見逃しつつ、絞める所を絞めて放置しないことだ”
<お母さんは下手そうね>
“だから、元付き人がいてよかったと言っていたじゃないか”
<そうだったっけ?>
“だが、これからは違うだろ。ご主人様”
<いくつかの村ができれば、レプス村にいくつかの店ができると思う>
“働く奴にもうま味ができる”
<急に増えないから今日明日の心配じゃないわね。少なくとも弟のロルヤーがお爺ちゃんになった頃だから心配するだけ無意味だわ>
“だが、甘い蜜を求めて群がってくる奴は、明日からでもやってくる”
<そう、それが問題よ。お父さんは人を信用し過ぎる>
“あの神官も食わせものだ”
ポン太の言う通りだ。
カリユ・ワガマイ特級神官は見栄えもよく、茶色の髪にあの爽やかな笑顔である。
悪い人ではないが、優しいだけの人ではない。
マリアに炊き出しの許可を出した後も、マリアを監視していた。
司祭との会話も辺境伯と政治関係を念頭に置いていた。
獣人を追い出して教会を災いから遠ざけたいと考えていた。
親切なアドバイスをマリアにくれた。
それは獣人の生活を安定させる知恵であり、獣人が独立する方法だった。
でも、自分の口から言わない。
教会の立場を悪くするようなことを避けていた。
優しさの中に計算高さが含まれていた。
洗礼式のあともそうだ。
金は汚いと教えているのは教会であり、教会の方が厳格であるべきだ。
しかし、教会は金に汚い。
特級神官は香辛料の値段を値切ってきた。
値切ってきたことで、教会から代金を頂く訳にはいかない。
父は気持ちよく寄付すると言った。
これで来年も、再来年も分けて欲しいと教会は言ってくる。
わかっていたが仕方ない。
だが、そこで父は一言足りない。
例えば、「娘のイルターの洗礼式を執り行って頂いたカリユ特級神官に感謝を込めて献上させて頂きます。今後ともレプス男爵家の力になって頂きたい」と言えばよかった。
教会ではなく、個人に寄付する。
香辛料は無料にするから、何かあったときは助けて下さいね。
そういう意味だ。
マリアも司祭個人への献金であり、“マリアの後ろ盾になってね”という意味を込めた。
司祭もそう感じたから私の献上品を受け取った。
何の見返りもなしで献金する者は、底抜けの馬鹿、とんでもない陰謀を秘めていると疑われる。
父、セマジュ・ノーヴ・レプス男爵は見返りを求めなかった。
ヤバい。ヤバ過ぎる。
腹黒の禿鷹にすべてを奪われ、善良な貴族から愚か者と爪弾きにされ、身近な貴族から謀略家と思われて距離を取られる。
今のままでは、よい結果に結び付かない。
父には社交は無理だ。
今回は私がフォローし、香辛料の箱にカリユ特級神官宛の手紙を託し、教会への寄付をカリユ特級神官への献上品にすり替えて送る。
手紙に「今後ともよろしくお願いいたします」と書いておけば通じるだろう。
レプス男爵は利用価値があると考えてくれる。
でも、私はずっと父の側に添えない。
クィリッィエがいつも側に居られる環境を早急に作る必要がある。
レプス男爵家の改革だ。
私は鬼になる。
トラウトとエンニーに指揮官と文官の両方を叩き込み、騎士に昇格させる。
我に策あり。
“念の為に聞くが何をするつもりだ”
<地獄の行軍よ>
“地獄?”
<悪役令嬢の伯爵領の東にあった大森林の地下にあった大ダンジョンがあったでしょう>
“あるな”
<私は悪役令嬢の子供の頃に一軍を率いて一ヵ月以上も行軍して兵を鍛えたわ>
“あの三つのダンジョンが絡まった大ダンジョン、よく死ななかった?”
<ギリギリまで追い詰めれば、人は成長するわ。体力を付け、スキル“勇猛果敢”、“冷静沈着”、“並行思考”のどれかを取得すれば、指揮能力を補ってくれから楽になる。そして、指揮能力は文官を上手く使う助けになるのよ>
“ほぉ~、この世界で狙ったスキルを取れるのか。で、スキルの取得条件は?”
<…………>
“おぉ~~い、スキルの取得条件は把握しているのか”
<ステータスが上がれば、何とかなる……たぶん>
“相変わらず、ポンコツだな”
<ポンコツじゃない。もしかしたら、手に入るかも知れないじゃない>
“だったらいいな”
ポン太が意地悪だ。
とにかく、トラウトとエンニーの二人でクィリッィエの代理に育てる。
そして、前衛の三人に代わる三人を育てる。
出来れば、あの獣人の中から冒険者として専属で編入できるのが理想ね。
クィリッィエが全力で父をフォローする為にも……もう一手。
馬車が宿に到着すると、「少し疲れました」と言って部屋に入った。
楽なドレスに着替えさせて貰った後に、宿の女中に下がって貰うと机に向かった。
私は手紙を書いた。
その手紙を風の中級精霊に渡すと、手紙が自ら躍りながら宙を舞って、窓の外へ飛んでゆく。
そして、ルベーア商会エスタテ領都支店の一室に入り、椅子に座っているオテ・ダンマアの目の前の机にポトリと手紙が落ちた。
オテは奇妙なものを見るように手紙を開く。
『我らがあるべき契約につき思うことあり。おり侍りいまそかり。今宵深夜、貴殿の倉庫の前にて、お待ち申し上げ候。マリア』
オテがキョロキョロと見回すが人影などない。
オテの頭上に風の中級精霊がいるのみ。
でも、見えない。
少し戸惑いながらオテは「わかりました」と叫んだので、私の意識を部屋に戻した。
クィリッィエから交渉という鎖を一つ外す。
レプス男爵家の御用商人にする。
細工は流々仕上げを御覧じろだ。
そのあとは父と母との団欒を楽しんだ。
そして、夕食を終えるとお風呂に入れて貰って就寝だった。
私は意識の一部を風の中級精霊に移す。
風の中級精霊はオテの頭上に待機させており、オテが仕事を終えて倉庫に向かうのを確認すると、イルターの個室の横にある侍女部屋で待機する女中二人をスリープで眠らせた。
真新しい貴族らしいネグリジェからマリアの装備に変えると、フードを被って倉庫の横へ転移した。
「今晩はオテさん」
「これはマリア様、お久しぶりです」
「こんな深夜に申し訳ありません」
「マリア様のお願いならば問題ございません。それで用件は何でございますか」
「まず、空いている倉庫はありますか」
「あちらの倉庫が空いております」
オテに案内されて倉庫に入ると、前回と同じ量の魔物の死体を取り出した。
「ありがとうございます。しかし、今日は持ち合わせがございません。支払いは後日になってしまいます」
「問題ありません。代金はオテさんへの依頼料です」
「依頼ですか」
「ここからの話は、ご内密にお願いします。最後に契約魔術も掛けさせて貰います。決して、オテさんに損をさせません。よろしいでしょうか」
「結構でございます。商人は時として地獄の門も叩きます」
「私は個人的にセマジュ・ノーヴ・レプス男爵の娘であるイルターお嬢様と知己を持っております」
「やはり、レプス男爵家でしたか」
「やはり?」
「マリア様はテラスの方からやってきました。そして、渡された素材を見れば、レプス砦の北と想像が付きます。関係を持つならば、レプス男爵家と思っておりました」
「正確にはレプス男爵様は私の存在を知りません」
「そうなのですか」
「察しているかも知れませんが、私からの援助を求めようともされません」
「何となくわかります。レプス砦を担当させている者から、レプス男爵様は誠実なお方だと報告を受けております」
ルベーア商会も辺境伯の御用商人としてキャラバンに参加している。
しかし、ルベーア商会はラトリア王国以外にも本店を持つ多国籍商人であり、北の果てのレプス男爵家との取引は他の五商会に比べて少なかった。
一昨年、去年と北の香辛料が発見されても取引量は増えていない。
辺境伯の顔を立てている感じだ。
ルベーア商会が扱う取引一覧を見せて貰って気付いた。
南の香辛料を取り扱っていた。
そうなると、北の香辛料擬きの発見は嬉しくない。
だが、砂糖ならどうだ。
ルベーア商会も南から輸入する砂糖を扱っているが、東のワハス公爵家の領都に本店を持つ商人の方が砂糖の値段が安かった。
ラトリア王国の砂糖はワハス公爵領を経由して輸入されている。
ルベーア商会は打つ手がない。
「レプス男爵家はこの秋から果実と香辛料を本格的に売り出す予定です」
私はそういうとオテの顔が一瞬だけ険しくなった。
南の香辛料に比べると、北の香辛料は品質が落ちるが安値で取引されている。
それが本格的に出回れば、王都にも流れ出す。
超一流の貴族らは決して手を出さないが、二流以下、裕福な庶民において代用品として出回る。
南の香辛料の売れ行きが下がる。
仮に、ルベーア商会が北の香辛料を独占できても嬉しくないだろう。
「加えて砂糖の生産に成功しました」
「さ、さとうですと!?」
「南の砂糖より甘味は控えめですが、上質な砂糖を売り出せます」
「私を騙している訳ではないのですよね」
「独占したくありませんか」
「独占させて頂けるのですか?」
「私にその権限はありません。イルターお嬢様にもないでしょう」
一瞬、期待したオテは落胆した。
だが、大店の支店長だ。
すぐに頭を切り替えると算段を立てはじめる。
「独占の決定権はレプス男爵様でしょうか」
「最終決定はそれで間違っていませんが、執事が首を縦に振らないと無理だと思います。ですから、初夏キャラバンに参加して、『砂糖を見せてくれ』と訴えるのが近道でしょう」
「訴えるだけで可能でしょうか」
「私なら結論を急ぎません。ですから、これを一緒に持ってゆきます」
私は悪役令嬢が魔王戦で兵に持たせた武具一式〔剣、槍、弓、皮鎧など〕を百セット取り出した。
すべてに攻防の付加魔法が加わっている標準装備だ。
オテがそれを手に取って鑑定する。
「私は鑑定眼を持っておりませんがどれもかなりの品です。少なくとも金貨三十枚、競売に掛ければ、金貨百枚を付ける者がいそうです」
「それは困ります。レプス男爵に献上品が高過ぎると怪しまれます。でしたら、こうしましょう」
私は同じ物を五百セット取り出した。つまり、武器の価格を暴落させる。
「一セット、金貨一枚でお譲りしましょう。十倍の値で売っても構いませんが、それ以上で売らないと誓って下さい」
「本気ですか」
「本気です」
「…………わかりました。但し、春の魔族侵攻が近い辺境伯様に四百セットを売らせて頂きます。残り百セットはバラバラにして市場に流しましょう」
「お任せします。最後にレプス男爵家でおまけの品を付けて下さい。これです。」
私は収納袋を五つ取り出した。
一つは母が使っている収納鞄と同じ容量のポシェットタイプ、残り四つがリュック型で荷馬車五台分の荷物が入る大容量だ。そして、さらに同じ大容量のリュック型を二つ取り出した。
「この小さい収納袋はイルターお嬢様に貸し出して下さい」
「貸し出しですか」
「貸し出しです。最初の一個は手付けです。荷馬車数台分の荷物が入る収納袋は、独占契約が結べた場合のみ、金貨四枚の貸付料を貸し出すとして下さい。そして、五十年後に譲渡すると」
「なるほど、そうすれば、五十年間は独占契約を解除できませんな」
「最後の二袋は面倒なことを頼んだ。私からの詫び料です。受け取って下さい」
オテは感動の余りか、震わせた手で顔を覆った。
深呼吸を繰り返して息を整えると、手を下ろして真剣な顔で訴えた。
「マリア様。私は商人ですから、こんな儲け話を蹴るような馬鹿な真似は致しません。お引き受けいたします。しかし、このような大盤振る舞いをされると、マリア様の素性を探ろうとする者が現われるでしょう。ご自重されることを進言致します」
「私を探っても何もでないわよ」
「そ、そうでございますか」
「じゃあ、契約を結ぶわね。何か希望はある」
「お、お任せします」
「最後に、もう一つ。数日後にあるレプス男爵からの商談は可能な限り聞き入れてくれますか」
「内容によりますが、可能な限り協力することを約束します」
「先程も申しましたが、そのときにイルターお嬢様にこのポーチを貸して下さい」
「承知しました」
すべて言い切ると、私は魔法紙とペンを取り出した。
私は話した内容を書き出す。
契約書で重要なのは、誓う神の名と最後の血判である。
私は『マリア』と書いて血判を押した。
名前なんて記号であり、代筆でも成立するが、本人が納得しないと契約書は結べない。
強引に血判を押しても駄目なのだ。
書き終えた契約書をオテに手を渡した。
“おい、ポンコツ”
<また、ポンコツっていう。私の鮮やかな交渉術を見ていたでしょう>
“あぁ、見事だ”
<悪役令嬢のときも権力と力と金の力でほっぺたをひっぱたいて、言うことを聞かせたのよ。今回は権力も力も使っていないから最高でしょう>
“商人はご主人様の魔物を瞬殺した力を知っている。あの異常な討伐力。そして、今回、あり得ない物資を見せられた。得体の知れない恐怖で顔が引き攣っているぞ”
<何言っているの。あれは助けただけでしょう。それに平民の私に権力なんてないわ。お金の力は使っているけど、他を使っていないわ>
“流石、悪役令嬢だ。ヤル事がえげつない”
<何ぃ、その言い方。褒めているの、貶しているの>
“褒めているさ。見ろ、商人のペンを持つ手が震えているぜ。悪魔と契約するみたいな顔だ”
<もっと儲かれば、笑顔に変わるわよ>
オテが名前を書いて血判を押した。
ばっと魔法紙が青い炎を出して燃えて消えると、わずかな光が私とオテを包んで消えた。
光が散らなかったので契約の成立だ。
商談契約なので不履行でも死ぬようなことはないが、バッドステータスとなる称号が刻まれる。
バッド称号も持てば、商人として終りだ。
だから、商人は相手が王族くらいでないと結んでくれない。
流石、大店の店主だ。
心の広いオテは応じてくれた。
でも、私の女神様はかなり強い力を持っているのよね。
寵愛効果で十倍。
これが契約に加算されるかは知らないけど…………どうか契約が五十年間続きますように。
オテに見送られ、私は倉庫を後にした。
そのあと、腰が抜けたオテが朝まで立てなかったなんて、私は知らない。




