第七話 悪役令嬢、聖女マリアを演じる(1)
炊き出しの許可を得た私は、大聖堂を後にした。
大聖堂から出てきた私を見つけたクンクは、心配そうな顔で私に抱き付いてきた。
「マリア、大丈夫だった?」
「大丈夫、カリユ・ワガマイ特級神官様から炊き出しの許可ももらってきたわ」
「すごい」
「クンクのお母さんが元気になるものを作ろうか」
「俺も手伝う」
「うん、卵がゆを作ろうと思うの」
「卵は高いよ」
「うふふ、マリア様はお金持ちだから大丈夫」
「スゲぇ、冒険者ってもうかるんだ」
「たくさん食べて、大きくならないと駄目だよ」
「わかった」
素直なクンクに頬が緩む。
実は、私より年上なんだけど、小柄なので弟に見えてしまう。
寝込んでいた母親には卵粥が一番だ。
卵は栄養価が高い。
米は王国最南部の一部で栽培しているそうで、主食になり得ないが問題ない。
難民支援セットから移動式の竈と大釜を収納庫から取り出すと、周辺からも歓声があがった。
まず、米粉と水を注いでお粥を作り出した。
すぐに獣人の女性も手伝いたいと言ってきたので了承した。
続けていくつもの荷物台と調理台を取り出した。
「ここに野菜を出しておきます。適当な大きさに切って、二つ目の大釜に入れて野菜汁を作って下さい」
「野菜汁ですか」
「弱っている方も食べやすいように、できるだけ柔らかくなるまで煮詰めて下さい」
「わかりました」
思わず包丁を出してしまったが、変わった形のナイフに獣人の女性が戸惑っていた。
便利な包丁より、自前のナイフで器用に野菜を切っている女性もいた。
手伝っているクンクを見て、元気な男の子も手伝いに来た。
遅れて、杖をついている怪我人や、どす黒くなった包帯のようなものを巻いた男性も手伝いたいと言ってきた。
男性、女性、老人、子供を問わず、包帯を巻いている人が多い。
<ポン太、健康状態を見てくれる?>
“メニューから自分で見れば”
<ギャラリーを含めて百人近くいるから頼んでいるの>
“はいはい、見てやるよ”
<どんな感じ?>
“空腹と軽い衰弱状態だな。しっかり食べれば、二、三日で回復するだろう。だが、何人かの怪我人は傷口が化膿しており、蛆も湧いて放置すると危ないんじゃないか”
<寒過ぎて羽化はしないけど危なそうね>
“寝込むまで状態が進むと、自然治癒は期待できないだろうな”
<そっか>
寒過ぎて体力が落ちて回復できないのが原因なのか。
寒過ぎて蛆の生育が遅く助かっているのか。
怪我人らは絶妙なバランスでまだ動けているように思えた。
さて、どうしようかと悩んでいると、手伝ってくれている子供が愚痴をこぼしているのを耳が拾った。
「全然、肉がないよ」
「馬鹿野郎、食い物を差し入れして下さる冒険者様に文句を言うな」
「肉が食べたい」
「坊主、無茶を言うな。狩りで新鮮な肉を手に入れるのは簡単じゃない」
「そうなのか」
「そうだ。俺達のように森を自由に動ける奴は少ない。足の怪我が治れば、俺が狩ってきてやる。それまで我慢しろ」
「わかった」
「でも、冒険者も大したことはないんだな」
「これからの冒険者だ。シーナ草を見つけてきただけでも凄い勇気を持っているぞ」
「そっか」
足に怪我がある男性が子供らの不満を抑えていた。
狩りは簡単ではない。
獲物だって抵抗するし、倒す技能が問われる。
違う、違うのよ。
消化に悪いから出していないだけだ。
あの狩人さんに、私、さりげなくディスられていない?
“おや、ご主人様は褒められたかったのですか”
<別に>
“ならば問題でしょう。か弱いお嬢様と思われてよかったではないですか”
<嫌な言い回しね>
“中身が怪物と思われるより幸せでしょう”
<また怪物っていう。ポン太の方が酷いよ>
“こちらの獣人の感性は知りませんが、あちらの獣人は肉だけでも偏食にならなかったな”
<そんなものかな>
狩りができないと思われたままなのもシャクなので、百キロ越えの巨大な猪三頭も出してあげた。
急に獣人の目の色が変わる。
「うおぉぉぉ」と「やるぞ」と子供らが歓声を上げ、大人の目つきも変わった。
お粥が焦げ付かないように棒を回し続けているクンクも、優しい感謝から、目を輝かせて尊敬の眼差しに変わったような気がした。
獣人って、単純な上に強者に恭順なのだろうか。
それとも肉か、肉の力なのか?
「さぁ、好きなだけ捌きなさい。包丁と剣はこっちに置いた。食べやすい大きさにぶつ切りにして頂戴」
「わかった」
「俺もやる」
「俺もだ」
私は三つ目の竈と大釜を取り出した。
小麦粉を油で炒め、骨と肉で煮込んだデミグラスソースもどきと水を一緒に放り込み、女性らが切ってくれたじゃがいもや人参や玉葱も投げ入れ、最後にぶつ切りにした猪肉を入れた。
あとは薪に火をつけ、じっくりと煮込むだけなので、火の番を獣人に任せる。
ギャラリーの中に長老を見つけて、私は話しかけた。
「長老さん。難民地の中を案内して下さいますか」
「難民地の中ですか」
「できれば、少し開けた場所があると助かります」
「わかりました」
難民地の奥、城壁との間に開けた地があった。
そこに百人乗っても大丈夫そうなコンテナ型の木造小屋を四つ取り出した。
二つは保冷機能付きで、残る二つは普通の箱である。
「これは何でしょうか」
「倉庫という保管場所です。こちらの倉庫は角に大きな氷を置いています。ここに猪の肉と野菜を置いておきます。今は冬ですから一月くらいは持つと思います。残る二つの倉庫には小麦粉と米粉を置いておきます」
「米粉ですか?」
「知らないかもしれませんが、南の国が好む食べ物です。麦粥より消化が良いので、弱っている方は米粉で粥を作って下さい」
「マリア様、貴方様はどのようなお方なのでしょうか」
「冒険者で平民です」
「とてもそうとは思えません。もしかして神が使わして下さった聖女様ではないでしょうか」
「そんな大した者ではありません。ですが、私を信じて下さるなら、元気な方は冒険者ギルドに行って冒険者になることを勧めます。冒険者になれば、借家を借りて生活できると思います」
「そうしたいのは山々ですが、怪我人が多いのです」
「そうみたいですね」
「怪我人は教会から無償で見習い神官様を派遣して下さっています。ですが、見習い神官では治療までいきません。正式な神官を派遣するにはお金が必要だと言われました」
「酷い話ですね」
「いいえ、そんなことはありません。我々に無償で施せば、町の者も無償で治療しろと言い出すでしょう。教会も運営資金がいるので当然のことです」
「そうなのですか。詳しいのですね」
「以前、領主様の元で働かせて頂いておりました。しかし、罠を仕掛けられ、領地経営に失敗して没落したのです。優しさだけではやっていけないということです」
「罠ですか」
「詳しいことは知りません。金を借りて返せなくなり、王国に咎められて没落すると、新たな領主が派遣され、獣人に重い課税を課し、払えない者を奴隷化しようとして内乱となりました」
長老の話では、新領主は抵抗する獣人の村に傭兵を派遣して捕らえていったらしい。
数万人の獣人が村を放棄して難民となり、多くは山や森の奥に逃げた。
そして、難民の一部がマサクレ城塞町に逃れ、長老らも目指したが、すでに難民が超過しているので受け入れを拒絶され、エスタテを頼った。
「途中で傭兵に追いつかれ、多くの犠牲を出しましたが、なんとかここに入れて頂いたのです」
「大変そうですね」
「儂らは運がよかった方です。山に身を隠しましたが、冬になって食料が尽きて山を降りました。一緒に山を降りた部族のほとんどが捕まり、あるいは殺されました。山を越えると言っていた部族らもどうなっているか」
「何と言えばよいのか」
「いいえ、マリア様には感謝しかございません。ありがとうございます」
「感謝されたついでに、もう一つお手伝いしましょう」
「他に何を?」
「私、治療魔法も使えます」
「なんと」
私は長老に案内させ、百人近い寝たきりの怪我人を回った。
まず、小屋やテントに入ると、無属性“クリーン”〔清浄〕で部屋を清潔にし、光属性“ピュリティ”〔清浄〕と光属性“ハイヒール”〔回復〕を連続で掛けた。
<同じような魔法の三度掛けって面倒だわ>
“効果が違うから当然だろう”
<でも、無属性“クリーン”〔清浄〕と光属性“ピュリティ”〔清浄〕って似ているわよね。どちらも綺麗になるし>
“全然違う。無属性“クリーン”〔清浄〕は汚れや匂いを分解する魔法だ。光属性“ピュリティ”〔清浄〕は聖なる力で悪いものを浄化する魔法だ”
<そうだね>
“だから、霊体や魔物に“クリーン”の魔法は効果がなく、“ピュリティ”の魔法は効果がある。一方、花の匂いに邪気はないから“ピュリティ”で匂いは消せない”
<酒や消毒液の匂いも消せないから、臭い消しは“クリーン”が最適なのよね>
“知っているくせに、わざわざ俺様に質問するな”
<こういう単純作業って疲れるのよ>
ポン太との何気ない会話で流れ作業の煩わしさを紛らわし、怪我人をすべて回り終えた。
長老はさっきから私に結んだ手を向けて祈り続けていた。
邪魔にならないから放置して、病人のいる場所を案内させた。
よし、治療終了。
回復魔法は偉大だね。
難民地中に浄化魔法を掛けまくったので、腐敗臭が少し減った気がする。
一仕事が終り、炊き出し場に戻るとビーフシチューのいい香りが漂ってきた。
その前にポン太に命じる。
<ポン太、全員を鑑定。内臓が弱っている人と無理を押して動いている怪我人だけを特定して>
“まったく、精霊使いの粗いご主人様だ”
<精霊眼を持っているポン太は鑑定し放題でしょう>
“メニューを開いて、自分で鑑定しろよ”
<嫌よ。さっさと鑑定しなさい>
“どいつから治療するんだ”
<放置すると拙い人だけ>
“誘導するぞ”
ポン太の指示で弱っている人にさりげなく近づくと、肩をポンと叩いて無詠唱で“ピュリティ”の回復魔法を掛けて回った。内臓から腐敗部分が消えれば回復力は向上する。皮膚の蛆も餌がなくなれば死んでいく。動けるくらい元気な獣人はこれで十分だろう。
さて、ビーフシチューの前に戻った私は声を上げた。
「さぁ、炊き出しパーティーを開始するわよ」
獣人らが「うおぉぉぉぉ」と雄叫びを上げた。
私はお椀にビーフシチューを注いでいく。
獣人らの顔に笑顔があふれ、その顔を見るだけで私はとても満足な気分になった。
なんか、いい感じ。
罰ゲームでマリア役をやっている人は、こんな気分で炊き出しをやっているのかしら?
聖女マリアの気持ちなんて考えたこともなかったわ。




