第534話 通行止め
「随分と派手にやったな」
「! す、少しだけ加減を誤ったかもしれない」
「少しって……」
フォーレの森を超えて街道沿いに止めてあったそりの傍で氷の台座を着地させると、王家の影の面々と待機していたニルに迎えられた。
「デミトリ、カミール、二人共無事で良かった」
「見た限り問題なさそうだが大丈夫だったか?」
「迫って来る雪を見た時は少し焦ったが、雪崩が森に阻まれたおかげでこちらに被害は無かった。一斉に何十本もの大木がへし折れる音は心臓に悪かったがな」
フォーレの森が自然の防波堤の役割を果たしてくれる為、街道沿いで待機しているニル達に危険がない事は予想していた。
ニルの言った通りヒエロ山側の木々は雪に呑まれて酷い有様だったが、街道に面した森は以前と変わらぬ様相で木々が逞しく佇んでいる。
「仕事を終えた直後で申し訳ないが、準備が出来ているならすぐにでも出発したい。この場に留まるのは得策じゃない」
「誰かに見られる恐れがあるんですか?」
カミールの問いかけにニルが首を横に振りながら答える。
「今の所は大丈夫なはずだ。森に依頼中の冒険者が居ない事は冒険者ギルドと確認は取れているし、念のため密猟者が居ないかデミトリ達を待ってる間に探ってみたが森は無人だった。だがいつまでもそうとは限らない」
「分かった、そう言う事ならすぐに出よう」
――――――――
出発してから数十分が経ち、客室の寝台の上で胡坐をかきながら魔力の回復に努めていると、突然浮遊感に襲われ壁に体が叩きつけられた。
急な出来事に驚きながら寝台の上で体制を変え、窓の外を見るとそれまで流れていた景色が止まっている。どうやらそりが急停止したらしいが――。
「デミトリさん、大丈夫ですか!?」
「ああ、カミールも大丈夫そうで良かった。何かあったのか?」
「見て貰った方が早いかもしれません」
カミールに連れられてそりの見晴らし台に出ると、すっかり日が暮れた暗闇の先に城塞都市ボルデの城壁と思われる黒い影が地平線に浮かんでいた。
「あれは……」
遠すぎてはっきりとは見えないが、城壁の周りに点々とした松明の明かりと、それに照らされた人の影が大量に見える。
「デミトリも来たか。急にそりを停止させて悪かった」
「気にしないでくれ、それよりあれは?」
「街の住人達が幽炎対策を再開しているみたいだな」
「……悪い事をしてしまったな」
幽氷の悪鬼に怯える日々が終わりを迎え新たな門出に歓喜していた住民達が多かっただけに、幽炎の再臨を予感させるような行動を取ってしまったのであれば本当に申し訳ない。
「デミトリさんのせいじゃないですよ?」
「カミールの言う通りだ、今回は事情が重なってしまい仕方が無かった。とは言え幽炎騒ぎがあったばかりだ……たとえ幽氷の悪鬼が討伐されたと聞かされていても、少しずつ日常を取り戻していた矢先にヒエロ山に新たな異変が起こったら、居ても立っても居られない気持ちも分かる」
何とも言えない表情で城壁を眺めるニルの横で、カミールが申し訳なさそうに腕を摩る。雪崩を起こした時、軽はずみに一緒に魔法を放たないかと言ったせいで彼も責任を感じてしまっているのかもしれない。
「えっと、止めてあげた方が良くないですか?」
「隠蔽工作の為に起こした雪崩だから心配する必要はないと言う訳にも行かないだろう?」
「確かに……」
本当の事を伝えられたら直ぐにでも解決するだけに歯痒い状況だな。
「どうするんだ? ここで立ち往生している訳にも行かないだろう?」
「デミトリの言う通りだが、本当に悩ましいな……城壁の逆側にある門に向かっても状況は変わらなさそうだ」
「……デミトリさんの魔法で飛んで帰るのは……?」
「俺達はともかく、そりを引いてるスレイプニル達がどう反応するのか分からない。空中で暴れられて万が一落下させてしまったら、住民達の目の前にスレイプニルが降って来る珍事が発生して余計に混乱が広がるぞ? 最悪の場合暴動に発展しかねない」
「それはだめですね……」
ああでもない、こうでもないとそのまま議論を重ねたが答えが出ず、諦めたようにニルが腕を組みながら首を振る。
「ヴィラロボス辺境伯の指示で動いている領兵達は事情を把握しているはずだ。ある程度気が済むまで住民達に作業をさせた後、領兵達が上手く住民を鎮めて家に帰るように促してくれるのを祈るしかないかもしれないな」
「それまでは待機か……」
「いや、こちらの状況を殿下に伝えたいし全員が残る必要も無いだろう。デミトリはカミールを連れて闇夜に紛れて帰って欲しい」
「僕よりもニルさんが一緒に戻った方が良くないですか?」
「私はそれでもいいが、王家のそりに万が一何かが起こった場合カミールは責任を取れるのか?」
「!? デミトリさんと一緒に帰ります!!」




