閑話 雪崩
「カミールも魔法を放とう」
「無理ですよ!!」
「この機会を逃すのは勿体ないぞ?」
「えぇ……」
宙に浮いた氷の台座の上からヒエロ山を見下ろしていたデミトリさんが、僕の方を見て首を傾げる。
「ずっと魔法の練習をしているだろう? 誰にも迷惑を掛けずに、こんなだだっ広い場所で全力の魔法を放てる機会なんて中々ないぞ?」
「それはそうかもしれませんけど……」
ヴィラロボス辺境伯から隠蔽工作を依頼されたデミトリさんが一人でヒエロ山に向かおうとしたから付き添ったけど、まさか僕まで参加しないかって言われるとは思ってなかった。
「勿論俺も魔法を放つ。ちゃんと雪崩は起こすからそこは心配ないぞ?」
雪崩を起こさないって疑ってる訳じゃないんだけどなぁ……デミトリさん的には完全に善意のつもりなんだろうけど……。
「僕が邪魔をして、妙な魔法を行使した痕跡が残ったら大変です」
「なるほど……土魔法で生成された土岩の色等で偽装が発覚するかもしれないと?」
「そうです!」
「だったら心配ない。雪崩が起きた後は調査の名目でケイレブ殿が領軍を派遣してヒエロ山を封鎖する予定だ。冒険者ギルドとも連携してフォーレの森に入れる冒険者も限定するから、イリアーテ商会の手の人間に現場検証をされる恐れはない」
「えっと……」
そう言われると反論できないな……僕の立場とか、色々と言い訳みたいに述べた理由が杞憂だと言われたらもう正直に、自分の魔法にそこまでに自信が無いって言うしか――。
「自己鍛錬する傍らたまに練習するカミールの姿を見ていた。俺の見込みだと、カミールなら一人でも雪崩を起こせると思うぞ?」
「デミトリさん……!」
やる前から諦めてた僕に、こんな事を言ってくれる人の期待を裏切る訳には行かないな……全力で挑戦位はしてみよう……!
「……分かりました、やってみます!」
「良かった、ありがとう。二人なら絶対に成功するから大分気が楽になった」
さっきまで一人でも何とかするって言ってたからそんな事無いのに、デミトリさんに気を遣わせちゃってるな。
「それで、その……取り敢えず着地しませんか?」
「それは出来ないな。発生してしまった雪崩は自在に操る事が出来ない。意図せず俺達よりも高い位置の雪まで崩れてしまったら巻き込まれるだろう?」
「でも、地面から遠いと魔力の操作が……」
土魔法は何もない所から土や石を創り出すだけでじゃなくて、地面の土に魔力を浸透させてから制御できる。
僕も色々と練習したけど、浮遊する氷の台に乗ってる文字通り地に足ついてない状態で魔法を使った事なんて今まで無い。
「距離があると魔力の操作が難しいのか……だが安全の為にこれ以上高度を下げる事は出来ない。練習だと思って試してくれ」
「そういう事なら仕方がないですね……分かりま――何をしてるんですか?」
話しながら、デミトリさんが真下の雪に向けて水魔法を放ち始めた。水を吸った雪が変色して、染みみたいに真白な地表に広がる。
「魔法の準備だ。カミールはどうやって雪崩を起こすつもりなんだ?」
「僕は地面に魔力を浸透させてから、地面を一気に隆起させようと思ってました」
「気が合うな、俺も似たような事をするつもりだ」
「似たような事……??」
どういう事だろう? ずっと水を放出し続けてるけど……思えばあの大量の水はどこに行ってるんだ? 水に染まった雪に対して、放ってる水の量が釣り合わないような――。
「俺は魔力が勝手に水に変わってしまうから魔力を地面に浸透させるような芸当はできない。代わりに、大量の水を大地に染み込ませている」
「地面を水浸しにしてるんですか?」
「ああ、それを一気に凍らせる。水は氷になると一割程度体積が増えるから、カミールの魔法と合わせたら疑似的に小さな地震を起こせそうだ」
水って氷ると体積が増えるの……? デミトリさんが言うなら間違いないんだろうけど。
「そうなんですね? それじゃあ僕も魔力を浸透させます!」
「頼んだ」
――――――――
「準備は良いか?」
「……はい!」
デミトリさんがずっと水を放ってたから合わせて無理しちゃったけど、どれだけ魔力があるんだ!? もう、魔力枯渇寸前だ……。
「それじゃあ一気に行くぞ。三、二、一、今だ!!」
「!?」
僕が魔法を発動させる意味あったのかな!? 聞いた事が無い、まるで山が内から割れるような低音が鼓膜に響いて鳥肌が立つ。
急速に地面が数メートルせり上がったと思ったら、デミトリさんの水魔法を吸って氷に変わった地表の雪が硝子みたいに砕けた。
砕けた氷塊が雪を巻き込みながら山の斜面を転がって、時折ぶつかり合って轟音を鳴らしながら、雪と氷が何もかも呑み込む巨大な白い波に変貌する。
「!! 高度を上げる、捕まってくれ!」
「はい!?」
急に上昇した氷の台の下を雪の壁が通り過ぎた。間一髪で避けれたけど後少しでも動くのが遅かったら巻き込まれてたに違いない。
ヒエロ山の頂上の方を見ると、全然関係ない場所で幾つもの雪崩が発生してる。舞い上がった大量の雪が、まるで霧のようにヒエロ山を覆い始めて徐々に視界も悪くなってきた。
「ちょ、ちょっとだけやり過ぎたかもしれないな……」
「ちょっとだけ……??」
「素人が人工的に雪崩を発生させようとしたらこんな物だろう……多分……」
「デミトリさん……顔が引きつってますよ……」




