閑話 イリアーテ商会ボルデ支店
「遅すぎる……」
城壁越しに見えるヒエロ山の頂を眺めながら思わず独り言を呟く。
ジェイド達がボルデに向けて発った事を連絡されてから二週間以上経ってる。幽氷の悪鬼が討伐された知らせが本店に届いて直ぐに派遣されたはずだから、あいつらの足ならとっくにボルデに到着してる頃合いだ。
それなのに今日も変わらずボルデを見下ろすヒエロ山を見ていると段々と苛立ってきて、その苛立ちを発散するように無意識のうちに窓枠に置いた手の指が忙しなく窓硝子を叩く。
「ちっ……本店に連絡するか……?」
「アムール王国と比べると品揃えが全然違うね! お土産を選ぶカリスマとしての腕が鳴るよ!」
馬鹿でかい声で意味が分からない事を言いながら奇抜な格好をした二人組が店に入って来た。客も居なかったし、とっとと店じまいしなかった事を後悔する。
「かり……? とにかく恥ずかしいからお店の中ではしゃぐなよ」
「ごめんねソフィー、久々の街だからテンションが上がっちゃって」
「はしゃいでるのはいつもの事だろ……それよりお土産なんか買ってどうすんだ? ボルデで会う相手にボルデの土産を渡しても仕方ねぇだろ」
「相手を思う気持ちが大事だから。細かい事を気にしちゃだめだよ?」
「カリストが細かい事を気にしなさすぎなんだよ……」
本当にうるさい客だな……。
「……イリアーテ商会ボルデ支店にお越し頂きありがとうございます。何かお探しの品があれば、私の方でお手伝いさせて頂きますが――」
「ありがとう、でも何を買うか決まってないから大丈夫だよ!」
「あのな――すまない、もう遅いし長居されたら迷惑だろ? あまり時間を取らせないようにする」
「そんな事は……心行くままに、ごゆるりと商品を見て頂ければ幸いです。何かご質問がございましたらいつでもお声がけください」
……さっさと帰らせるつもりだったのに、変に女の方に気遣われたから癖で無難な返事をしちまった。作業があるなり適当な嘘をつけば良かったのに……。
「これなんかどうかな?」
「魚を咥えたウルス・グリィの置物??」
「木彫りのクマはお土産の定番だよね」
「そうか……?? まぁ、良く分かんないけど風情はあるんじゃねぇか?」
セコーヤを削って出来た木彫りの像を男が持ち上げ、色々な角度から観察し始めた。全然売れなくて隅っこの棚に置いてたのに良く見つけたな……。
売れ残ってた不良在庫と厄介な客を追い出せるなら一石二鳥だ、さっさと買わせて出てってもらおう。
「そちらの商品にご興味を持たれるとはお客様はお目が高い! そちらの像は――」
噓八百を吹き込んで木彫りの像を売り込もうしたのとほぼ同時に床が揺れ、店外で叫び声が飛び交う。
「なんだあれ!?」
「ヒエロ山が!!!?」
二人組の客から目を離して窓の方に視線を移すと、丁度山の中腹から、まるでヒエロ山が崩壊を始めたかのように山を覆ってた雪が雪崩落ちて行くのが見えた。
雪崩に巻き込まれた雪が増える程地響きが大きくなり、舞い上がった雪によってヒエロ山の輪郭があやふやになるほど視界が悪くなっていく。
「地震!?」
「とにかく外に出よう、店員さんも早く!」
ジェイド達が任された仕事の内容を聞いた時を覚悟はしたつもりだったが、山が崩れる非日常の光景を見て俺も日和ったらしい。
呆然と山を見つめていた所を迷惑な客達に腕を引かれて商会の外に出ると、俺達と同じく騒ぎを聞きつけた街の住人たちで通りはごった返しになってた。
「またヒエロ山で何かあったの!?」
「避難した方が良いんじゃ――」
狼狽する住人の声を聴いて逆に冷静さを取り戻す。これだけの人数を不安に陥れた原因を俺は知ってるからな……万が一気付かれたらただじゃ済まないって意識で気が引き締まって行く。
「お土産は後にしてすぐに会いに行こう! 店員さん、冷やかしみたいになっちゃってごめん!」
「ちょっと、カリスト!! ほんとにすまねぇ!」
頭を下げてから、先に走り出した連れを追いかけた女の背中が人混みの中に消えていく。
厄介な客のせいで本店への報告が遅れたのは運が良かったのかもしれないな……あのままだったらすぐにまた任務が達成されたって訂正の報告をする羽目になってた。
「……馬鹿な奴らだ」
商会の扉を開いて、足を踏み入れる前に一度振り返って未だにぼやけたヒエロ山を眺める。
忌み子のジェイド達は共鳴石に魔力を流し込んで壊す事ができない。起爆の魔道具を作動させるために、共鳴石に直接魔力を流し込む用の魔石を渡されてたはずだが……。
「捨て駒にされてるって普通気付けるだろ」
共鳴石が共作用する距離にも限界がある。
山を下ってから砕いちまったら意味が無いから、廃坑を出てすぐに使えって指示されてたはずだ。少し考えたら、魔道具を起動したら雪崩に巻き込まれて死ぬって分かるだろ……。
「……魔法が使えないだけじゃなくて、頭も悪いんじゃ救いようが無いな」




