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第533話 金の亡者

 ケイレブ殿は元々イリアーテ商会の商会長と因縁がありそうだな。普段の柔和な話し方と表情からは想像できない、静かな怒りが瞳の奥に見え隠れしている。


「一商会の商会長がこんな大それたことをしでかす理由に心当たりが?」

「……突き詰めてしまうとお金の為だろうね」


 商人相手にそんな事を言っては身も蓋もないと一瞬思ってしまったが、険しい顔つきを崩さぬまま、膝の上で握りしめた拳に視線を落としたケイレブ殿を見て考えを改める。


 富を得たいと言う単純な欲望が行動原理だからこそ、イリアーテ商会長は厄介な相手なのかもしれない。


 ヴィラロボス辺境伯領が経済的に困窮している状態が、イリアーテ商会にとって都合が良いのだろうが……それだけの理由で普通の人間は廃坑を爆破しようと考えもしないだろう。


「素人意見で恐縮だが、ヴィラロボス辺境伯領が経済的に安定した方が領内で商売も盛んになるだろう? そちらの方が双方にとって利がありそうだが、イリアーテ商会が廃坑の破壊工作に踏み切ったと言う事はその限りではないんだな?」

「その通りだよ。詳しく説明する前にヴィラロボス辺境伯領の状況を伝えた方が良さそうだ。我が領は知っての通り食料を自給自足で賄う事が出来ない。ヴィーダ王家からの援助とカレイロ商会の尽力もあって、それでもなんとかなっているものの……足りない分の食料品はどうしてもイリアーテ商会に頼らざるを得ない状況が続いている」


 領内に流通している食料品の三割程度がイリアーテ商会経由の物と言っていたが、ケイレブ殿の口振りからしてそれ以外はカレイロ商会が経由で入手しているのか。


 城塞都市ボルデに来てからカレイロ商会について度々耳にしているが、本当に評判が良いな。領主のケイレブ殿からもここまで評価されているのは正直予想外だった。


 対してイリアーテ商会は――。


「度重なる値上げ交渉で法外な取引額を吹っかけられたり、イリアーテ商会が取り扱ってる輸出入品に掛かる関税撤廃を求められたり……今まで本当に色々とあったよ」

「他国から輸入した商品に一切関税を設けないのは、ヴィラロボス辺境伯領と一商会の問題に留まらずヴィーダ王国として問題にならないか?」

「デミトリの言う通りだ。ガスパーも勿論それを分かった上でやっている……結局、ぎりぎり我々が譲歩出来る価格と免税可能な範囲内で都度手を打ってる」


 最初に大きな要求をして、そこから相手の譲歩を引き出しながら優位に交渉を進めるのは一応交渉術の一つではあるが……。


「それでも相場と比べるとかなり割増の価格だ。ヴィラロボス辺境伯領まで商売の手を伸ばしている商会は限られている。他に選択肢が無い事を知りながら我々の足元を見て……中々あくどい商売をしているよ」

「それは……」


 良く言えば利益を追求する商売人の鑑かもしれないが……領民の命を預かっているケイレブ殿には嫌われて当然だな。


 商売に人情を持ち込むべきではないと言う考えも勿論理解できるが、追い詰められている人間から金銭を搾り取るようなやり方は人道に反していて俺も嫌いだ。


 大体そんな高圧的な交渉を繰り返して顧客と信頼関係を築けていなければ、状況が変わった途端斬り捨てられるのは目に見えている。


 イリアーテ商会の商会長は、幽氷の悪鬼が健在である限りそんな心配はないと踏んでいたのだろうが……。


「……要するに、イリアーテ商会は報復を恐れているのか?」

「そうだと思うよ? 彼は悪辣な商人だけど馬鹿じゃない……ヴィラロボス辺境伯領の財政状況が整ったら、真っ先にイリアーテ協会との取引を止めるつもりなのはお見通しだろう」

「取引を打ち止めたら食料品の供給が足りなくならないか?」

「何かが起こった時に備える必要があるから、ゆくゆくは他の商会が城塞都市ボルデに支店を建ててくれるように交渉しないといけない。でも当分は食料品の取引をカレイロ商会に一任するつもりだ」


 カレイロ商会に……??


「カレイロ商会との取引だけでは食料の供給が間に合わないからイリアーテ商会と取引していた訳ではないのか?」

「ちょっとややこしい状況だけど違うよ。元々カレイロ商会には必要量の食料品を仕入れられる伝手がある。イリアーテ商会のやり口を聞いて、取引先の一元化を提案されていたんだけどこちら側から断っていたんだ」

「何故……?」

「イリアーテ商会と結んだ契約と同等は無理だけど、カレイロ商会長に取引額の引き上げを申し出た時――」

「お義父さん!?」


 それまで静かに会話を聞いていたリカルドがソファの上で飛び上がる。


「どうしたんだいリカルド君?」

「いえ……ヴィラロボス辺境伯領の財政にそんな余力がないのはご存じですよね? 何故わざわざそんな事を――」

「原価ギリギリの価格で食料品を融通してくれているカレイロ商会が割を食って、イリアーテ商会だけ甘い蜜を吸うのは違うだろう?」

「それは……」


 世話になっている商会に義理を通したいケイレブ殿の気持ちも分かる。ただ、複雑な表情を浮かべて押し黙ってしまったリカルドの気持ちも分かってしまうな……。


「『カレイロ商会の信条は適正な価格でお客様に商品をお届けする事です』って言われて結局断られてしまったけどね。逆にそんな不当な価格で取引をしなくても良いように、カレイロ商会で取引を一元化しましょうと言われたのもその時だったよ」

「その申し出に応じなかったのは……?」

「相当イリアーテ商会のやり口に腹を立てていたみたいで、カレイロ商会に損失が発生しそうな額で契約書を巻こうとしてたからね。誠実に向き合ってくれて、我が領を支えてくれている取引相手に損をさせたくなかった」

「そんな事があったんですね……」

「取引をカレイロ商会に一元化する際にはしっかりと彼等にも利益が出る形で契約を結ぶつもりだ。現状の取引内容でもかなり無理をしているだろうし……厳しい状況の中支えてくれた分の恩返しをしないと」


 現時点で原価ギリギリの価格で取引していると言っていたが、ヴィラロボス辺境伯領へ商品を運搬する労力と手間、割かなければいけない人員の事を考えると……今もそれなりに機会損失が発生していそうだ。


 それよりも更に低価格で契約を結ぼうとしていたのであれば、ケイレブ殿が契約締結を断ってしまったのも頷ける。


「今でも『お得意様だから』と言って大目に食料品を納品してくれたり、私の立場でこんな事を言ってはいけないのは分かってるけど本当に頭が上がらないよ……」

「お義父さん……」


 話を聞けば聞く程カレイロ商会とイリアーテ商会は同じ商会のはずなのに、ほぼ対極の存在だと言っても過言ではない程理念が掛け離れているな……。

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