第522話 物理で殴る
「ここまで戻ったは良いが……」
「? さっきみたいに氷を溶かせないのか?」
今回は氷の台を後ろから引き連れながら先程の通路を逆戻りし、道を封鎖するために生成した氷壁の前でジェイドと一緒に立ち止まる。
「魔力の制御を手放してしまったからな」
「良く分かんねぇな? もっかい制御すれば良いんじゃねぇか?」
「……ジェイドは魔法が使えるのか?」
「全然」
以前の俺と同じか。
魔法が使えない故の面白い発想だな……魔法を放った後に残った水や氷の制御を取り戻そうと思った事は無いが、出来たら確かに便利かもしれない。
そんな事より――。
「魔法が使えないなら、そもそも共鳴石に魔力を注いで砕くのは不可能じゃないか?」
「あれは……はったりだ。見透かされてたけど、俺だけじゃなくてあいつらまで死んじまうのに魔道具を発動させる訳ねぇだろ」
まだジェイドが言っている事が全て本当だと鵜呑みにはできないが、魔法が使えない事を教えてくれたのは彼なりに歩み寄ろうとしてくれているのかもしれない。
お返しと言う訳ではないが、俺も少し腹を割って話すか。
「俺は魔力が体から出た瞬間水に変わる体質だ。さっき氷壁の制御を取り戻せばいいと言っていたが、魔力を氷に流し込めないから試せないな」
「……そんな事俺に教えて良いのかよ?」
「もう敵じゃないから問題ない」
「どうし――そう、か……で? じゃあどうすんだよ?」
氷壁に手を付けたり、何気なく叩いてみているジェイドの横に立つ。
挟み撃ちされないようにある程度の強度は持たせたが、後程撤去する事も考慮して氷壁は実はそこまで厚くない。
それよりも問題なのは壊した際に発生する音だ。
「氷壁を壊す方法は幾つかあるが、どうしても無音では処理できそうにない。ジェイドの仲間達も氷壁が壊された轟音が廃坑内に鳴り響いたら、警戒を強めるか最悪こちらに向かってきてしまうかもしれない」
「あいつらの性格的にこっちに直行してきそうだな……」
自然と異変を察知した瞬間に彼等が逃げると言う選択肢が除外されているな。
ジェイドが自分を顧みずに仲間を助けようとした時点で、恐らく仲間からの信頼が厚そうだと思っていたが……彼の身が危険に晒されていると勘違いされたら不要な揉め事に発展しそうだ。
「例えばジェイドが人質に取られていると思われたら、まともに話し合いなんて出来そうにないな」
「だろうな。拘束されてねぇし、あんたも武器を持ってないから俺を助けようとして急に襲って来ねぇとは思うけど……」
そんなに自信なさげな返答をされると安心できないんだが……なるようにしかならないか。
「念の為先に言っておく。約束したからには、約束を果たすために襲われても殺さずに拘束する事を厳守する。だから俺が魔法を発動しても冷静さを失わないでくれ」
「……傷つけるつもりはねぇんだな?」
「当たり前だ。瀕死の重傷を負わせておいて『死んでないから約束を守った』なんて屁理屈を言うつもりは無い」
少しの間葛藤した後、ジェイドが軽く頭を振ってからこちらに振り向く。
「分かった、信じる」
「よし。それじゃあ氷壁を壊そう」
収納鞄を開き中から中級のポーションを取り出す。そのまま封を開けジェイドの方に差し出した。
「なんだ? おれは怪我してねぇぞ?」
「申し訳ないが持っていてくれないか?」
「は? 構わねぇけど……」
少しだけ躊躇した後、ジェイドが中級ポーションを受け取ってくれた。
レオには魔物や魔獣相手に自分の限界を試す事を勧められたが、そう都合よく自分の力量を試すのに適した相手が見つかる訳ではない。
依頼を請けていない時、ヴィラロボス辺境伯邸で自己鍛錬で余暇を潰しながら別の方法で自分の限界を確かめられないかと色々試していたのだが、早速その成果を確認できそうだ。
継続して複数の魔法を維持している不慣れな状況の為、万全の状態とは言えないが……この厚さの氷なら行けるはずだ。全力を出したら拳を痛めてしまうのが必至だが、ポーションの準備も出来ている。
「離れていてくれ」
「わ、分かった」
本当は魔法で対処するのが一番楽だが、これ以上魔法を同時に発動する負担よりも単純な身体強化の方が色々とやり易い。
ジェイドが退避したのを確認してから身体強化を掛け始めて、徐々に身体強化に注いでいる魔力量を上げていく。
迸る魔力が体を循環しているのを認識しながら、腰を落として氷壁の前で突きの構えを取る。
「マジかよ!?」
放った拳が硬い氷と衝突して、氷壁に無数の罅が走ったのとほぼ同時に背後からジェイドの声が聞こえた。
一拍遅れてそれまで伸びていた罅が停止し、その直後轟音を鳴らしながら氷壁が粉々に砕け散る。
後ろに下がりながら拳を確認すると、身体強化で守っていたというのに肌が裂け所々血が滲み出てきていた。
じんじんと染みるような暑さと鈍い痛みの奥に、刺すような激痛が時折走る……恐らく骨が折れたのだろう。レオの領域に至るまでにはまだまだ鍛錬が足りなそうだ。
「おい、大丈夫か!?」
「ああ、ポーションを持っていてくれてありがとう」
「それは別に良いけどよ……あれを素手で割るか普通……」
中級ポーションを煽りながらジェイドの視線が釘付けになっている砕け散った氷塊の山を見る。
拳の治療が完了次第、クリフ達の台が通れるように片付けなければ――。
「「「ジェイド!!!!」」」
氷の先にある闇から複数の声が聞こえる。目を凝らすと、通路の奥に揺れる松明の明かりが徐々にこちらに近付いて来ているのが見えた。
「任せたぞ」
「……ああ!」




