第521話 取引成立
「……分かった、お前に従う」
「それで良いのか?」
「はぁ?」
腹を括ったからか分からないが、先程と比べると大分身体の強張りが解けた男が気の抜けた返事をした。
「散々話しといて今更なんなんだよ」
「取引だと言っただろう? 俺が求めるのはお前とお前の仲間達が大人しく同行してくれる事と、雇い主に関する情報を洗いざらい話してもらう事だ。お前の要求はそれと引き換えに仲間の安全を保障するだけで良いのか?」
「……どっちみち従うしかねぇんだから何言っても意味ねぇだろ……」
投げやりに流れに身を任せられては困るな……。
俺に従ってくれるとは言ってくれたが、直接暴力を振るっていなくてもこの状況は力で無理やり押さえつけているのに等しい。
後々心境に変化があって背中から刺されるような事があったら俺の場合自己責任だが、クリフ達が巻き込まれて危険に晒されるような事はあってはならない。
この男とその仲間には、難しいかもしれないが可能な限り『俺に協力した方が良い』と心から思って欲しい。
「しっかりとお互いの要求を言い合って合意に至らなければ取引は成立しない。正直に言うが俺がお前と約束した事を反故にすると勘繰られて、後で裏切られたらこちらとしても困る」
「そんな事言っても……じゃあどうすんだよ?」
「ちゃんと互いに納得する条件に合意した後、俺程度じゃあまり意味は無いかもしれないが名に懸けて約束を守ると誓うつもりだ」
「は!? マジで言ってるのか?」
ガナディア王国ではあまりなじみなかったが、ヴィーダ王国では名を賭けて誓う行為にかなり重きを置く。
信じられないと言った様子でこちらを凝視する男が、俺の発言が不可解だと言わんばかりに腕を組んで沈黙した。
「冗談にしては面白くなさすぎるだろう、勿論本気だ」
「そこまで――クソ、調子が狂うな!!」
「仲間と話し合わずに勝手に決める事が難しいのであれば合流してから決断しても良いぞ?」
「だから、俺達が逃げたり攻撃してくるかもしれねぇのになんで――」
「それ位しないとお前は俺を信用出来ないと思ったからだ」
「……」
信じて貰う為に誠意をもって対応したつもりだが、逆に怪しまれてしまっては本末転倒だな……。
しくじってしまったかもしれないと頭を悩ませていると、ぎりぎり聞き取れるかどうかの声量で男が話始めた。
「……イドだ」
「?」
「お前じゃなくて、俺の名前はジェイドだ! 俺の要求は仲間に手を出さない事と……あいつらが裏家業から足を洗って更生するための支援だ」
……仲間だけか。
「……ジェイドの事は条件に含まないのか?」
「俺達は色んな汚れ仕事をして来た。だけどあいつらは一線を越えてない、後で調べて貰っても良い! それに比べて俺はてめぇを殺そうとしただろ? ……ただじゃすまないのは分かってる」
ここまでの反応から激情家の印象を受けていたが、意外と俯瞰して状況判断が出来ている事に驚く。提示した要求の内容も、自分を顧みない代わりに最大限仲間に利する形で収めようとしているな。
「俺の事は煮るなり焼くなり好きにしてくれて良い。その代わりあいつらを保護する約束だけは絶対に守ってくれ」
「分かった。デミトリの名に誓って、ジェイドが取引を反故にしない限り要求を実現すると誓う」
話が纏まって良かった……。
安堵しながらジェイドの立っている位置まで近づき手を差し出す。
「な、なんだよ?」
「取引が成立したんだ、握手位するだろう?」
「……約束は守ってくれるんだな?」
「取引した上に名を賭けて誓ったんだ。守らない訳にはいかないな」
恐る恐る差し出した手を握り返してくれたジェイドと固い握手を交わしながら、早速ボルデに戻ってからどう動くべきか纏め始める。
この場を凌ぐためならある程度無責任な発言をしても仕方がない。そう割り切っていたつもりだが……ジェイドと彼の仲間が偽らずに取引に応じてくれるのであればそれに報いるべきだろう。
城塞都市に戻り次第、エリック殿下とケイレブ殿に相談しなければいけないな……。
――――――――
「デミトリ……俺達を守る為なのは分かってるけど完全に出口を塞がれたら援護できない」
「悪かった」
あれだけジェイドが声を荒げていたから仕方がないと割り切っていたが、クリフとシェリルは大分前から覚醒して成り行きを見守っていたらしい。
武装していつでも助太刀できるように準備していたクリフが立っている横の氷壁を解くと、クリフとシェリルが警戒しながら外に出て来た。
「話は大体聞いてたけど……」
「爆薬が仕掛けられてると思うと安心して休めそうにも無いな……デミトリ、早くここから出ないか?」
「そうだな。クリフとシェリルは引き続き氷の台に乗ってエリーを守っていてもらえるか?」
「……俺達も戦えるぞ?」
不服そうにそう言い放ったクリフの上着の袖をシェリルが掴む。
「クリフ、多分今の私達じゃデミトリの足手纏いにしかならないわよ」
「そんな事は思っていないが……三人の安全を優先したい」
「でも――」
「おい」
気不味そうに、少し離れた位置で立っていたジェイドがクリフに向けて何かを投げた。
反応が遅れたクリフの籠手にぶつかった使い古された短刀が、カランと音を鳴らしてから地面に落ちる。
「クリフ!?」
「何を――」
「刃先を潰した練習用の投げナイフだ。声を掛けた上に、全力で投げてもねぇのにまともに避けれねぇんじゃ話にならないだろ?」
「お前に言われる筋合いは――」
「あるんだよ! あいつら――俺の仲間は、多分俺の帰りが遅すぎるのに気付いてる。あいつはどうとでもなるけどお前らは怪我するかも知れねぇだろ?」
「くっ……」
ちょっと待ってくれ……なんで俺は大丈夫な前提で話が進んでいるんだ……? 慣れない交渉やはったりで発動した魔法のせいで、体力はともかくかなり無理をしているんだが……。
「……ジェイド、仲間は説得してくれるんじゃなかったのか?」
「勿論そうする。でも話をする前にあいつらが焦って、なんかやらかしちまったら取引も糞もねぇだろ? だから兄ちゃん達は安全な所に居てくれ、頼む!」
不慣れだが、誠心誠意を込めた様子で頭を下げたジェイドを見てクリフの怒気が収まって行く。
「……必死なのは伝わった。はぁ……分かったよ、俺達はエリーを見守る。だけど危なそうだったらすぐに援護するぞ?」
「分かった」




