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第519話 意外と役に立った奇行

「好き勝手言えるのも今の内だ……!」


 言葉の端々に怒りが滲んでいるが、男から激昂して襲い掛かって来る気配がしない事に少しだけ感心する。


「馬鹿にされた程度で隠密を解いてしまう男に粋がられてもな」

「てめぇ……!」


 これでもかと言う程に不快感を露にしているが行動には移らないか……煽る様な口調で冷静さを欠いてくれれば戦闘になった場合有利だと考えていたが、これ以上は効果が薄そうだな。


「いい加減にしろ、これを見ろ!」

「……? とっておきの石を自慢したいのか?」


 見せつける様にこちらに突き出した赤みがかった水晶を握りながら賊が吠える。


「そんな訳ねぇだろ!! 共鳴石(きょうめいせき)も知らねぇのかよ!?」


 共鳴石? 初めて聞くがあれが奴の切り札なら――。


「おい、魔法を止めろ!!!! 魔力が共鳴石に通った瞬間全員が死ぬからな!?」


 嘘だとは思えない悲鳴に近い剣幕で叫んだ男の忠告に従い、彼の身体に這わせて凍結を開始した霧の魔法を一旦止める。


「さっきから何を騒いでいるんだ?」

「マジで知らねぇのかよ……!? 共鳴石は魔力が通った瞬間砕ける水晶だ」

「そんなに自慢の石が大切ならしまっておけばいいだろう」

「こ、の、や……!!」


 言葉にならない怒りに震え、魔力など流さなくても破壊してしまうのではないかと心配になるほど共鳴石を強く握った男が、歯を食いしばりながらゆっくりとまた話し出す。


「……分からねぇから舐めた口が利けるんだな……馬鹿な魔術士様でも分かるように説明してやる。こいつが砕ければ、同じ結晶から削り出された共鳴石が全部壊れる」

「だから、破損を危惧しているなら大切に保管――」

「最後まで聞け!! こいつと同じ結晶から削り出された共鳴石は、この廃坑に仕掛けた爆薬の起爆魔道具に組み込まれてるんだぞ! 言ってる意味が分かるか!?」

「分からないな」

「ふざけてんのかてめぇ!?」


 おちょくった返事をしたが、共鳴石が男の説明した通りの代物ならかなり危険だ。


 賊の話を全部鵜呑みにするつもりはないが、共鳴石が砕けたら魔道具の回路が繋がるように設計されているのであれば、要するに遠隔起動装置として利用できるのだろう。


 ……それにしても、この世界にも爆薬があるのか。


「異世界人が銃を作ってそうだな……」

「さっきから意味が分からない事をぶつぶつ言ってんじゃねぇ!! この共鳴石が壊れたら全員死ぬ、これで自分の立場が分かっただろ!? お前は俺達に従うしか生き残る道はねぇんだ」

「断る」

「……」


 松明の明かりがぎりぎり届く位置に立っている男の顔が、暗闇の中でも分かるほど真っ赤になる。このままだと勝手に憤死してしまいそうだ。


「……話を聞いてなかったのか? 魔道具が起動して爆破が開始したら全員生き埋めになるんだぞ!?」

「なんで俺にそんなはったりが利くと思ったんだ?」

「ふざけんな!! 従わなかったら本当に共鳴石を砕くぞ!?」


 震える手で共鳴石を掲げ上げた男が、じっとこちらを見つめる。


「死にたいのか?」

「はぁ!? 死にたくねぇに決まってるだろ!!」

「だろうな。結局姿を現して共鳴石を使って脅そうとしたのは、仲間と分断された上に不意打ちで俺を倒せなかった時点で、普通に戦っても勝算が無いと悟ったからだろう?」

「……」


 図星を突かれて何も言えなくなってしまったのか、男の勢いが急速に萎んでいく。


「それは……」

「端から命を捨てる覚悟が無い人間が、死なば諸共で共鳴石を砕くとは思えない」

「……俺を試してるのか? いざとなったら――」

「仮に共鳴石を砕いたとしてもどうとでもなる」

「っ! それこそはったりだろ!」

「本当にそう思うのか?」


 こういう時ばかりは、二つ名やそれに付随する噂話が独り歩きしている事に感謝しなくてはいけないかもしれない。


 仮にこの廃坑が崩落してしまったら生きて帰れる自信は一切ないのだが、男はそんな俺の心情を知る術がない。俺の発言を信じるべきかどうか悩む程度にはちゃんとはったりが利いているらしい。


「……屍人との戦闘を見てたぞ! 幾ら滅死の魔術魔士様でも、こんな狭い空間じゃお得意の魔法も上手く使えねぇんだろ?」


 クリフ達を救出した時の戦闘を見ていたのか? 監視されている事に全く気付かなかった……隠密の専門家相手に霧の魔法が通用しないのは今後どうにかしなければいけない。


「何を見ていたのか分からないが、使えないんじゃなくて使わなかっただけだ」


 更に魔法を重複発動させてしまい頭が割れる様に痛いが、なんとか表情に出さず平静を装う。


「見ての通りこの廃坑が崩落したとしても身を護る術を持っている。この氷は絶対に壊れない」

「嘘だろ……」


 幾ら松明の明かりがあったとは言え、暗闇の中正確に俺を弓で狙える程夜目が利く相手を欺けるかかなり不安だったが、空間の壁から天井まで極薄の氷の膜で覆っただけなのに男が息を呑んだ。


 軽く叩いただけで割れる程薄い氷の膜なので確かめられたらすぐに欺瞞が暴かれるだろうが、複数の魔法を同時に発動している今はこれが限界だ。


「……落石は防げても脱出は出来ねぇぞ?」

「救助が来るまで待てば良いだけだ」

「何日かかると思ってんだ! 餓死するか窒息死するだろ!」

「万が一に備えて予備の空気を持ってきているから窒息の恐れは無い」


 まさかこんな所で役に立つとはな……。


 まるで当たり前のように準備していたかのように、収納鞄から俺が凍らせた氷の球体とアヴリル達の依頼に同行した際仕留めたチュパカブラの死体を取り出して見せつける。


「な……!?」

「廃坑に潜るのに事前に何も準備をしていない訳がないだろう? 食料も解体してないチュパカブラ以外に保存食が数週間分ある。それに時間は掛かるが、ここから出口までなら魔法で掘り進められるから最悪の場合自力で脱出する事も可能だ。仕掛けた爆薬を起爆したところで死ぬのはお前とお前の仲間達だけだ」

「そんな……」


 戦うつもりは元から無かったようなので誤った表現かも知れないが、事この交渉において男は完全に戦意を喪失したようだ。


 力なく項垂れてしまった男をこのまま無力化してしまっても良いが……誰に雇われて何の目的の為に廃坑道に爆薬なんて物騒なものを仕掛けさせたのかを吐かせる必要がある。


 出来れば生きたまま捕えて連行したいが、どうしたものか……。

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