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第518話 交渉はしない

「クリフ、シェリルたちが乗っている台を中心に霧の魔法の濃度を上げた。不意打ちが防げる分索敵能力は下がってるからなるべく離れないでくれ」

「分かった」


 一目見ただけでは誰かが潜んでいるとは到底思えないほどに、来た道を引き返して侵入した開けた空間は相変わらず静かだった。


 不意打ちを阻止された後は一切の追撃が止んだ事を考慮すると、先程の矢を放った人間は相当夜目が利くか魔力感知に長けているのか……?


 クリフと共に警戒しながら、発言とは真逆に霧の魔法を空間内に点在する屍人の死体の山に向けて放出する。氷の台に加えて待ち伏せしていた輩に纏わせている霧の魔法に、更に重複する形は正直かなりきついが今は泣き言を言っている場合ではない。


「帰り道に居た連中は?」

「まだ動いていない」

「そうか……」


 松明の明かりが届かない闇を見据えながらクリフが黙り込む。


「何か気になる事があるのか?」

「狙いが挟み撃ちなら、デミトリを攻撃せずに仲間への合図を優先するべきじゃないか?」

「俺が作った氷の壁に道を防がれてしまったから、合図を送れなくなってしまったのかもしれないな」

「それにしたって、今まで俺達に見つからずに背後を取れてたんだ。わざわざ自分の存在をバラすような真似をするのは不自然じゃないか?」


 クリフの言っている事はごもっともだ。


 通路の先に居る仲間に向けて俺達が近付いて来ている事を報せる合図として矢を放つならまだしも、敢えて俺を狙う意味が分からない。


「仲間と一緒に俺達を襲う作戦が破綻したから襲って来たにしても、あの矢を放ってから追撃がない」

「援護が期待できない状況になってしまい焦っていたにしても、ぞんざいな奇襲攻撃だけして自分の存在をばらしたのには何か裏があると考えているんだな?」

「ああ。でも一度通路を通過した俺達を呼び戻してまで嵌めたい罠があるなら、最初に通り過ぎた段階で発動すれば良かったはずだし、考えれば考える程行動の意味が分からない……」


 意図が分からない行動程読み難いものはない。


 暗闇に潜む未知の脅威を想像しながら思考を巡らせているクリフが、このままだと良くない方向に思考を走らせそうなので安心させるために軽く肩を叩く。


「考え過ぎは良くないぞ? こういう時、答えは案外単純だったりする」

「例えば……?」

「焦って後先考えずに行動した、ただの阿呆かもしれないだろう?」

「ははっ、流石にそれはないんじゃないか?」


 ――嘘だろう……?


 クリフが笑ったのとほぼ同時に、本当に微かな振動だったが霧の魔法を放っていた死体の山の中で何かが動いたのを感知した。


 確かにあの位置からなら俺達の会話が聞こえていてもおかしくないが、場を和ませる為に言った単語に反応して位置をばらすとは……本当にただの阿呆かもしれないな……。


「クリフ、魔法を使ったこの空間の索敵は()()()()。警戒は引き続き必要だが一旦ここで休息しよう」

「了解だ」


 クリフまで欺かなければいけないのは心苦しいが、潜伏中の賊を発見したと気付かれずに伝える術がない。


 身振り手振りで伝えるのも難しいだろうし、急に何かを収納鞄に仕舞っている紙に書いてクリフに渡したら怪しまれてしまう。


「取り敢えず、シェリルとエリーが起きるまでクリフも一緒に休んでくれ。全員が起きるまでの警戒は俺がする」

「それは――」

「要救助者の口答えは無しだ。俺は全く疲れていないし、過去の経験から数日程度の徹夜なら何とでもなる」

「要救助者って……とにかく、恩人にそんな事は絶対させないぞ?」

「深刻に受け止め過ぎだ。クリフ達が起きた後に俺も少しだけ休む……ソロで活動してた分慣れていると言いたかっただけだ」

「ソロだと夜番の交代が出来ないからか……とにかく! 俺達がまだ寝てても無理だと思ったらいつでも起こしてくれ」

「……そうする」


 失敗したな。俺の返事が遅れた為、クリフに俺が彼等を起こす気が無い事を勘付かれてしまった。


 何か言いたげな顔をしながらこちらを数秒見つめてから、諦めたように首を振って氷の台の中に入って行ったクリフを確認してからほっと息を吐く。


 かなり頑張っていたが、戦闘になってしまったら本調子じゃないクリフが負傷してしまわないかかなり心配だった。中級ポーションはまだ何本か予備があるが、命を落としてしまったら取り返しがつかない。


「すー……」


 本当に無理をしていたんだな。


 数分も立たずに寝息を立てたクリフの様子を氷越しに確認してから、念のため開けていた空気孔を除き入口として開けていた隙間も全て氷で埋め尽くす。


 これで三人が襲われたり、人質に取られるのは防げそうだ。


「いつから気付いてたんだ?」

「……気付かれたと決め付けて姿を現した()()に説明する義理は無いな」


 氷の台に背を向けて、阿呆という言葉に過剰に反応して歯を食いしばっている男の方に振り向く。


 クリフが眠りに落ちるまで、俺がずっとこの男が潜んでいる方向を警戒していたのに気付かない程素人ではないのは分かったが、こちらから仕掛ける前に出て来るのは想定外だ。


「そんな阿呆に追い詰められてる状況をどう思う、滅死の魔術士様よぉ? そいつらを生かしたいなら、俺達の要求通りにしてもらう」

「テロリストとは交渉しない」

「てろ……? はぁ?」


 当たり前だが困惑しているな……素の反応なら取り敢えず異世界人ではなさそうだ。厄介な異能や加護を持っていないとは限らないが、大分気が楽になる。


「意味分からねぇ事言って……舐めてんのか!?」

「静かにしてくれないか? クリフ達が起きるだろう」

「この野郎……!」

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