第513話 一人に苦戦する男
本当に大丈夫だろうか? 心なしか息苦しいようなーー。
「はぁ……落ち着け……!」
揺らぐ松明の明かりだけが照らす暗闇の中。そう言う性分なので仕方が無いが、一人だとどうしても思考が悪い方向へと走ってしまう。
最近は人と過ごす機会が多かったので鳴りを潜めていたとにかく悲観的な性格が、廃坑の闇に呼応して引き摺り出されたかのようにその醜い顔を表す。
不必要なまでに安全に配慮した結果、左腕だけ展開している水の球体から出しながら灯した松明を持ち、数十メートル先まで霧の魔法で確認しながら探索をしている状態だ。
廃坑の空気に異常が無ければ、今の俺は妙な形で魔法を行使しながら廃坑を練り歩く変質者にしか見えないと思う……。
「ん……?」
自虐的な思考に囚われている間に、索敵用の霧の魔法に初めて動いている物体が当たった。
水の球体を維持しながら霧の魔法を発動しているので、制御を楽にするために少しだけ薄く展開していた霧の魔法を動いている物体の周囲に集めてみる。
ーー人型の輪郭をしているみたいだが、動きが妙だな……?
水の球体を維持しながらどう戦うのかまでは考えていないが、一応収納鞄から剣を抜いてその場に立ち止まる。霧魔法に映った影は少しずつこちらに近づいて来てるので、丁度視界の先に見える曲がり角から現れるはずだ。
ーーあちら側からは、俺の松明の光が廃坑の壁を照らしているのが見えているはずだが……。
光が見えて動きを変えた様子が一切ないのが不気味だ。
警戒して止まったり減速する事も、逆に人の存在に安心して速度を上げるわけでもなく、一定の速度で動き続けている。魔獣や魔物とも反応が違うため、未知の存在に対する警戒度がどんどん増していく。
「ゔぁ……ぁっ……」
「屍人か……」
角の先から顔を出したのは、ボロボロのオーバーオールのようなものを身に纏った如何にも鉱夫っぽい見た目の屍人だった。
足を引き摺り、まるで首の座っていない赤ん坊のようにふらふらと歩く反動で頭を揺らしながら、虚なガラス玉のような目に松明の光が怪しく反射している。
ーー屍人じゃ、息を吸うのが安全かどうか判断がつかないな。
未だに廃坑の安全性で頭が一杯の俺の事など構わず、ゆっくりと屍人がこちらに近づいてくる。
「あぁ……ぁ……」
「……とどめを刺してやれなかったのか?」
こちらに近づいて来た事によって、松明に照らされた屍人の全容が顕になった。
死亡してから相当の月日が流れたのか服装は相応に色褪せているのに、屍人の腹部には目新しい焼け傷があり服装にも真っ黒に焦げた穴が残っている。
この屍人は俺が探している、先行して廃坑を調査していた冒険者達と出くわしたのかもしれない。
「ゔぁーー」
「眠ってくれ」
あまり気は進まなかったが、水球を放って屍人の頭部を潰した。
浄化の魔法が使えないので他に倒しようがないのだが、屍人はかつては人だった存在だ。今までこの山で散々屍人を倒してきたとは言え、こんな方法でしか対処できないのは心苦しい。
「……屍人が居るのか……」
廃坑内で魔物や魔獣には遭遇しなかったため少しだけ廃坑内に敵がいない事を期待していたが、屍人が居るとなると話が変わってくる。
幽氷の悪鬼が手駒として集めていた屍人の残党がまだ廃坑に居て、行方不明の冒険者達が襲われているのかもしれない。
気を引き締め直し、往復で一時間酸素が持つとしてもあと二十分程で引き返さなければ間に合わないという焦燥感を胸の奥に押し込めながら、先ほどよりも速度を上げながら廃坑の奥に向かって再び歩き出したのと同時に頭がくらくらする様な気がした。
まさか、もうーー。
「待てよ……?」
空気には酸素以外も含まれるのは認識していたが、その情報を甘く見過ぎていないか? 詳しい割合は忘れたが、確か八割かた窒素で構成されていたような……そうなると俺が考えていた五分の一しか息がーー。
「……!」
気を失ってしまう事を恐れて、慌てて球体から飛び出したが息は止めたままだ。
身を守るために作った球体の中で窒息してしまったら元も子もないし、まだ捜索中の冒険者達と出会っていないと言う事は、彼らが自分の足で廃坑の深部まで進んだなら少なくともここの空気には異常がないはずだと自分に言い聞かせながら恐る恐る息をしてみる。
「……取り敢えず大丈夫そうだな」
警戒を怠らない事自体は結構な事だが、結果としてここまでずっと一人相撲をしながら奇行に走っていた事実に何とも言えない羞恥心を覚える。
「……一人だとてんで駄目だな……」
この先はどうなっているのか分からないので、必要ないと思いつつ万が一に備えて水の球体は凍らせて収納鞄に仕舞い、頭のモヤを晴らそうと大きく息を吸う。
「よし!」
気合いを入れ直すために出したかけ声が虚しく洞窟の奥へと響いたのを無視して、再び廃坑の深部への旅を再開した。




