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第507話 詠唱魔法

「ベン……帰った方が――」

「見ろ、齧られた葉がまだ乾いてない。チュパ・カブラが最近ここに居た証だ」

「そんな事言ってる場合じゃ……! 仮にチュパ・カブラを見つけられたとしても――」


 口論の絶えない二人の後を追っていると、周囲に展開していた霧の魔法に異物の反応があった。大きさ的に今回の依頼の対象のチュパカブラだと思うが……。


「ほら、そう遠くないはずだ」

「ベン……!」


 仮に二人がラルフとカイルと同等の戦力だとすれば、素人目線の評価になってしまうがチュパカブラを倒せる未来など到底思い描けない。引き返した方が賢明――


「ベン……!! 帰ろう!? 私達だけじゃ――」

「絶対に大丈夫だ! 俺が何とかするから、アヴリルは止めを刺す事だけに集中してくれ」


 アヴリルはともかく、ベンは依頼を達成せずに帰還するつもりは一切ないみたいだな。


 付き添いとして依頼に同行する上で、依頼の完遂を見届けるだけでなく依頼中のパーティーの連携も評価も仕事に含まれている。


 わざわざ二人に伝えるつもりは無いが、依頼を達成したとしても現状では合格点を出す事は出来なそうなのだが……。


「あっ!」

「しー……いたな」


 ベンの視線の先に、大木の幹に顔を密着させながら奇妙な呼吸音を出す大柄の獣が見える。


「アヴリル……動きを止めたら後は任せられるな?」

「ちょっと待って!? チュパ・カブラを倒せる自信は――」

「アヴリルなら出来る、頼んだぞ……!」


 元々後衛を任せられていた事と言い、治癒魔法をラルフとカイルに掛けていたためベンは治癒術士なのだろう。一人で突っ込んで行った所で勝機があるとは思えないが――。


「デミトリ、さん!! 何でも罰は受けるからベンを助けて、このままじゃ!!」

「……」


 俺に対して思う所はあれど、仲間の危機に躊躇なく頭を下げられる人間の願いは無碍にはできないな。


 表向きは沈黙を貫いたが、未だにこちらに気付かないチュパカブラ目掛けて突進するベンを追うように、霧の魔法を追従させる。


「メ?」

「くたばれ!!」

「メェエエアア!!??」


 渾身の一撃をチュパカブラのがら空きの顎に見舞ったベンが、勢いそのままに急襲に震えるチュパカブラの首筋を絞めに掛かる。


「アヴリル、今だ!!」


 ベンの叫びが虚しく森に響く中、硬直したアヴリルの視線の先で身震いをしたチュパカブラが姿勢を正す。


 首元に纏わりついたベンの事は意にも介さず姿勢を正した獣が、ゆっくりとこちらに振り向きながら萎縮してしまったアヴリルに視線を定めた。


「こいつが混乱してる内に……!! 早く魔法を!!」

「……っ!」


 首元で騒ぐベンが相当煩わしかったのか、激しく首を振りながら地面に首を叩きつけ始めたチュパ・カブラを見てアヴリルが息を呑んだ。


「アヴリル、はや、く……!! 俺の事は良いから、最大、級の魔法を……!!」


 人形のように振り回されていたのにも関わらず、奇跡的にチュパ・カブラの首にしがみつき続ける事に成功したベンの懇願も虚しく、アヴリルは顔面蒼白のままその場に立ち尽くしている。


 怒り狂った魔獣に見つめられ恐怖に身をすくめてしまったアヴリルを格好の獲物と認識したのか、チュパカブラが針状歯を携えた口を大きく開きながら、ゆっくりとこちらに向かって歩み始めた。


「っは……は、ぁっ……」


 乱れた呼吸を繰り返しながら、恐怖に染まった表情でチュパカブラを見つめるアヴリル目掛けて化け物が一歩一歩近づいて行く。


「止ま、れ……!!」


 最早気力だけで化け物の首筋にしがみ付いていたベンの抵抗を物ともしなかったチュパカブラが、再び首を激しく振った勢いでとうとうベンが振り落とされてしまった。


 咄嗟に地面に水魔法を張って衝撃を和らげたものの、勢いよく地面に当たった鈍い衝突音が周囲に響き、既に白かったアヴリルの顔から完全に色が消える。


「ベン……!!」

「メェエエ!!」

「いい加減に……! 嘲笑う柴扉の門番……膠着する安楽の皇帝……烈濁の意志に阻まれ、慄き、現を引き裂け!!」


 急に中二病な台詞を言い出して、一体何をしようと……!?


「水漠!!」

「な!?」


 魔力の揺らぎも、魔法の予兆すら感じなかったのにも関わらず、アヴリルの詠唱が終わったのと同時に周囲が雪交じりの濁流に呑まれた。

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