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第488話 確認不足

「こんなに難しい本まで読めるなんて……」


 市場と比較すると一段価格帯が上がった商品が展示される店舗が並ぶ商業区の最奥。


 やっとの思いで市場の人混みを抜けて到着した本屋の中、アイリスに見せる為に手に取っていた本をそっと閉じたカミールが、今度は乱雑に纏められた書類の束をアイリスの目の前に差し出した。


「アイリスさん、こちらはどうですか?」

「ちしつじょうけんのさいによる、さくもつしゅうかくりょうのへんか? ことなるひりょうがもたらすこうかにかんする、ちょうさほうこくしょ??」

「所々単語の意味について引っ掛かっているようだが、()()()()()事に関しては全くと言っていい程問題なさそうだな……」


 これも恐らく加護の影響だろう……思えばアイリスが進化後すぐに人語を理解した時点で、文字の読み書きに関する能力も習得した可能性について思い至るべきだった。


「よめたらだめだったの?」

「そんな事はない! 確認せず、アイリスが文字を読めないと勝手に決めつけていた俺が悪いから謝らないでくれ。むしろ、難しい内容もすらすらと読めて凄いぞ」


 ぽんぽんと頭を撫でると満足そうにアイリスが目を細める。


 先程言った事は俺の本心だが……本屋に来た意味が完全に無くなってしまったな。


「そうだな……せっかく本屋に来たんだ。読み書きを学ぶ教材としては必要ないかもしれないが、気になる本があれば買って帰らないか?」

「ほん……? いらないかも?」


 本屋に到着してから薄々勘付いていたが、アイリスは全くと言っていい程本に興味を示さない。欲しくないのであれば無理に買い与えるつもりは無いが――。


「遠慮はしてないか? 本当に興味がある本はないのか?」

「……うん」

「もしかすると僕が見せた本が良くなかったかもしれませんね。アイリスさん、本って難しい内容ばかりじゃなくて、娯楽目的の物語も多いんですよ?」

「ごらくもくてきのものがたり?」

「楽しむ為に読む架空のお話です! 例えば……ほら、これは昔実在した勇者を題材にしたって言われてる冒険譚です」

「ぼうけん……」


 アイリスがカミールの差し出した新しい本を受け取り、パラパラと本の頁をめくっていく。


「まだヴィーダ王国が建国されて間もない頃、大陸を股にかけて当時襲って来た魔王軍を退けた勇者のお話です!」


 目を輝かせながらそう語るカミールの腕をちらりと見る。


 アイリスの識字率を確認するために集め、今も両脇に抱えている教本や論文と比べると今薦めている本は明らかに毛色が違う。


 もしかするとあれは、彼にとって思い入れのある本なのかもしれないな。


「うーん?」

「……あまり興味が湧かないか?」

「しらないひとのはなしだから」

「その、知らない人でも頑張って困難に立ち向かったり、成長する過程を知るのは面白いですよ?」

「そうなの……? しらないひとなのに??」

「そこまで知らない人を強調されると何とも言えないですね……」


 知らない人の話か……言い得て妙だな。


 元はコボルドだったアイリスは物語という概念自体認識していなかっただろうし、物語を娯楽として読む行為に理解を示さないのはむしろ自然な反応かも知れない。


「大好きな話なんですけど……」


 ……あの本はカミールにとって特別な意味を持っていそうだし、薦めてくれたのに無下に扱うのは流石に可哀そうだな。


「アイリス、この本は俺が個人的に買う。気が向いたらいつでも貸すから声をかけてくれ」

「? 分かった」

「デミトリさん……! 良いんですか?」

「ああ」


 無理矢理アイリスに読書をさせるつもりは無いが、ここで何も買わなかったらそれでお終いだ。アイリスが今後本に興味を持つかもしれない可能性の目を完全に潰すよりは、気になった時に手を出せるように選択肢だけ残しておいた方が良いだろう。


 実際に本を読んでみたら、意外と楽しめて興味を持つ可能性もあるはずだ。


「そうと決まれば、本を買って帰ろうか。思いの外ここに来るまで時間が掛かってしまったし、土産はまた別の機会に買えば良い」

「分かりました!」

「うん!」


 アイリスから本を預かり、会計を済ませてから店を出るとカミールが耳打ちして来た。


「デミトリさん。お土産はともかく……予備の着替えは買わなくても大丈夫なんですか?」

「これ以上替えが減ったら早急に補充しなくてはいけないかもしれないが、今の所はまだ大丈夫だ」

「まだ余裕はあるんですね……だったら、帰りは屋根伝いで移動しましょう!」

「良いのか?」


 カミールが片手の人差し指を上げて頭上で燦燦と輝く太陽を指した。


「もうお昼時ですよ? 午前中もかなり酷かったですけど市場は余計に混むと思いますし、買い食いしてる人も増えます。残り僅かな着替えに何かあってからじゃ遅いので安全策を取りましょう」

「やねにのぼるってことは、きんきゅうじたい?」

「んー……ある意味緊急事態って事で良いんじゃないですか? 屋根伝いじゃなくて地上の道で市場を迂回して帰るとなると、道の都合上物凄く遠回りになりますから」

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