68.幽霊か亡霊か。
「さあ、どういう事か説明して頂戴」
取り調べってこういう感じかしら。
現実逃避気味の感想を抱きながら、エディットは対面の友人を見たのだった。
因みにクレマンスの部屋である。教会に戻るなり、お茶に誘われたのだ。特に断る理由もないので受けた。話の流れは予想していた。だが、出される茶と菓子に負けたのだ。食べ物を対価に自白をするのは吝かではなかった。寧ろ安いくらいだった。何せ言ったとて、エディットが不利益を被るわけではないのだ。王立劇場など、早い話がどうだっていいのである。
「実は先日、朝食の時間に来客がありまして」
すらすらとエディットは喋り出した。勿体ぶる話でもないので、さっさと終わらせてしまおうと思ったのだ。
「それが、貴族の方だったんです」
「何方?」
「サドリセスア伯爵です。ご存じですか?」
「知ってる? アミシー」
「はい。王都でも力のある貴族です」
へえ、そうなんだ。内心で気のない相槌を打つ。サドリセスア伯爵の顔を思い浮かべた。整えられたカイゼル髭に神経質そうな顔をした男性だ。細身で、年の頃は五十を超えているだろうか。出来る、と、言うよりも抜け目がなさそうだった。
「実はその方と会うの二回目で、前に王立劇場が崩壊した翌日に現場でお会いしてるんです」
「前に聞いた話ね」
「ええ」
そう、その話は前にしたのだ。尤もその時は、貴族の方ではなく、一緒にいた平民の支配人の振る舞いが酷く、クレマンスもそちらの方に憤慨していたのだった。
「その方から、再建中の王立劇場が、造った傍から崩れていく話を聞きまして」
「どうしてあなたに聞くの?」
「……私が何か知ってるんじゃないかって思ったみたいで」
その時の事を思い出し、エディットが顔を顰めた。完全な言いがかりである。知っているかどうかではなく、エディットの仕業ではないかと疑っていたのだ。心外である。
「知ってるの?」
「知ってるわけないじゃないですか! そんな事になってるのも初めて聞きましたよ!」
「そうでしょうね。それで、納得して帰ったの?」
「ええ。真偽官の方と一緒だったので」
「真偽官!」
クレマンスの声からは驚きが見て取れた。そこまでするのか、と、暗に告げていた。つまり、真偽官の存在は一般的ではないのだ。そうおいそれと連れ回すものではないのだろう。
「お一人でしたけど」
ルシアンに聞いた知識をそのまま披露する。恐らくクレマンスは知っているだろう。真偽官が通常一人では行動しない事を。案の定、怪訝そうな表情を浮かべた。
「それで、その真偽官が嘘を吐いてないと判断したの?」
「そうですね」
「信じた?」
「それは、信じるんじゃないですか。だって真偽官は嘘を吐かないんでしょう?」
「それって本当に真偽官?」
「さあ……ルシアン殿が言ったので間違いないんじゃないですか?」
あの女性が真偽官かどうか、と、言うところまで疑い出したら何も分からない。大体もし真偽官でないとしたら、あの貴族が連れてきた意味が分からない。何にせよ、エディットは嘘を吐いていないし、王立劇場については本当に知らないのだ。
「結局、何が原因なのかしら」
「王立劇場ですか?」
「そう。造った傍から崩れるなんて、おかしいわ」
「亡霊の仕業ってのはどうなんです? いえ、そもそも、亡霊っているんですか」
「いるでしょ」
「いるんですか!?」
つい、声が大きくなった。実は冗談のつもりだったのだ。だって、亡霊なんて言われてもよく分からない。要は、幽霊だろう。その程度の認識だ。そしてエディットは幽霊など見たことが無いのだ。神に見えた事はあるが。だが、クレマンスはいると言い切った。つまり、この世界では一般的な存在なのだろう。そんな馬鹿な。エディットは眉根を寄せた。ちょっと信じられなかったのだ。完全に亡霊のイメージが、前世のホラー映画だった。正直実在して欲しくないし、怖い。
「もし亡霊だったらどうするんです? そういうのに対処するスキルがあるんですか?」
「何言ってるの。聖水で追い払うでしょ」
「えっ……」
予想しない答えが返ってきて、エディットは言葉を失った。正直、霊媒師、所謂エクソシスト的な存在がいて、戦うのかと思っていたのだ。前世の感覚で言うと、お祓いと言ったほうが近いかもしれない。これだけスキルに支配された世の中である。神官のスキルがあるように、対亡霊スキルがあるのだと思ったのだ。
しかし答えはまさかの聖水である。
滅茶苦茶身近なものであった。
「せ、聖水って亡霊にも効くんですか」
「何を言っているの? 聖水と言うのは、あらゆる穢れを遠ざけるのよ?」
「魔物に効くのでは……」
「魔物も穢れでしょ」
「亡霊は……」
「穢れでしょ」
もしかすると亡霊と言うのは、魔物の一種なのかもしれない。
ふと、そんな風に思った。エディットは勝手に亡霊と聞いて、人間の幽霊を想像していたが全く違うものなのかもしれない。だとすると、話が違ってくる。全く得体の知れないものではないという事だ。異世界、難しい。
「聖水が効いたら、亡霊の仕業。聖水が効かなかったら?」
「幽霊じゃない?」
別物だった。亡霊と幽霊は別の認識らしい。そんなにも明確な区別があるものだろうか。頭の中で、幽霊と亡霊を思い浮かべてみる。そう、大差はなかった。エディットの想像力は今一つだった。
「幽霊だったらどうするんですか」
「幽霊は悪さをしないじゃない」
言い切った。どうやらこの世界では、幽霊と言うのは悪さをしないものらしい。ただ、死んで尚留まっているだけの存在、と、言う事だろうか。
「もしかしてクレマンス殿は、幽霊をご覧になった事がある?」
「あるわ」
「えー!」
これまたあっさりと言い切ったものだから、エディットは大層驚いたのだ。だって、幽霊である。前世の感覚で言えば、そう簡単に見れるものではない。そもそも、霊感とやらがなければ見えない存在である。明らかに驚愕、と、言う表情を隠そうともしないエディットに向かい、クレマンスは溜息を吐いた。何を大袈裟な、と、言わんばかり。
「あのね、エディット殿。古い家には珍しくないのよ」
「えっ……」
「この教会にもきっといるわよ」
「えっ……」
「誰かに聞いて御覧なさいよ」
全く想像もしていなかった事を言われ、エディットは呆気に取られた。ポカンと口を開ける。如何にも呆けていますという間抜け顔を見て、クレマンスがその口に菓子を突っ込んだ。クレマンスを真っ直ぐに見たまま、エディットが口を動かした。
「おいしいです」
「後で包むわ」
結果、一番強いのは美味しいだな、と、エディットは思ったのである。亡霊や幽霊など、目の前の菓子に比べたら全く些末な問題であった。
結局王立劇場の謎については全く分からないままである。だが、分からないままで何の問題も無かった。エディットにとって、無関係だからである。だからこそ、もう関わってきて欲しくないな、と、強く思ったのだった。




