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66.真偽のほどは。


 ルシアンの後に続き訪れた場所は、初めて足を踏み入れる部屋だった。応接室には違いないが、ストランド商会の若き代表、レイナウトと話した部屋ではなかったのだ。教会には不似合いな程豪華な部屋だった。

 所謂、貴族相手用の応接室なのだと分かった。

 何せ、椅子に座っている人物が、貴族だったからである。思わずエディットは顔を顰めそうになり、寸でのところで堪えたのだ。

「エディット殿をお連れしました」

 ルシアンが言う。その斜め後ろで、エディットは頭を下げた。貴族相手の挨拶等、知らないので出来なかった。

「掛けよ」

 貴族の男が、言葉少なく指示をする。完全に上からの物言いであった。それでも二人は従ったのだ。男が座る長椅子、その前に机、そうして又長椅子がある。空いている方に二人並んで座った。真剣にエディットは思った。ルシアンがいてくれてよかった。一人だったら耐えられない。空気が重い。どう考えても厄介事の気配がする。しかも男は一人ではなかった。隣には女性がいる。エディットの知らない人間だった。神官服でもドレスでもない、言うなれば華美なスーツを思わせる服装だった。チラリと見ただけだが、一体この人は何なのだろうと疑問に思ったのだ。尚、椅子の後ろには騎士服を纏った人物もいた。神殿騎士ではない。男の私兵だろう。貴族故の用心深さか、或いはこれが貴族にとっての普通なのか。ド田舎出身で平民のエディットには分からない。恐らくこの中で、一番異質なのがエディットなのだ。しかも、子供である。囲んでいるのは全員大人だった。

「王立劇場の件を覚えているか」

 挨拶も何もなく、話し出す。男の目はただ真っ直ぐにエディットへと向いていた。社交辞令の類が苦手な質なのかもしれなかった。

「はい」

 尤もエディットとて、長居したいわけではない。話が早く終わる分には願ったり叶ったりである。

「今、再建している最中だ」

「はい」

「だが、造った傍から崩壊していく」

「はい」

「心当たりはあるか」

「ありません」

 即答した。沈黙が降りた。エディットは余計な事は一切言わないつもりだった。別に仲良く話をしたい相手ではなかったからだ。相手は、サドリセスア卿と呼ばれていた人物だった。去年の秋、王立劇場崩壊跡で出会ったのだ。その時も今同様、エディットの事を明らかに睥睨するような目で見ていた。そうしてエディットは負けじと見返すのだ。何せ本当に疚しい事などないからである。

 正直、王立劇場の事など忘れていた。崩壊してそろそろ一年である。確かに言われてみれば、再建に取り掛かっていたとして何ら可笑しくはない。勿論そう簡単には完成しないだろうが、着手くらいはするだろう。だが、この貴族の男が言うには、建てた傍から崩れているらしいのだ。知った事ではなかった。

 重い沈黙を破ったのは、貴族でもなければ神官でもなかった。

「此方の神官様は嘘を吐いていらっしゃいません」

 男の隣にいる、謎の女性だったのだ。しかも、エディットが嘘を吐いていないと言い切ったのである。咄嗟にエディットは其方を見てしまった。そう、まじまじと見てしまったのだ。そうして、気付いた。彼女の頭の上に浮かぶ文字である。

 嘘を見抜く。

 呆気に取られた。確かにそう書いてある。つまり、これが彼女のスキルなのだ。完全にエディットを見定めるために連れてきている。はっきりいって、嫌な気分だった。だから、絶対に嘘などついてやるものかと、心に決めたのだ。

「本当にお前の仕業ではないのだな」

「はい。昨年お会いしてから、私は一度もあの場所に近付いておりません。そのような力も持っていません」

「真実です」

 堂々とエディットが答えれば、すかさず女性が肯定した。当然である。本当の事しか言っていないのだから。だが、男は未だ納得していない。

「何故壊れるのだと思う」

「分かりません」

「お前ならどうする」

「場所を変えてみては?」

「場所を変える?」

「別の所に建てても壊れるのなら、少なくとも場所の問題ではないと分かるではありませんか」

「では何処へ建てればよい」

「分かりません」

「お前なら何処へ建てる」

 段々エディットは嫌になってきていた。何処へ、と、言われても、エディットは王都の事などほぼ知らないのだ。誘われない限り外へは出ないし、出たとしても行くところなど限られている。適切な場所など知る由もない。そもそも此方は神官見習いである。王立劇場の事など聞かないで欲しい。専門外にも程がある。

 面倒な気持ちを抑えきれず、エディットは投げやりに言った。

「貴方様のご自宅の場所と交換なさっては如何ですか」

 これにギョッとしたのは、他の二人である。それ程とんでもない事を言ったのだ。流石に貴族の表情も変わった。驚いたようだった。自宅を劇場に建て替えるなど、如何な貴族と言えどおいそれと出来る事ではない。尤も言ったエディットとて、本気ではなかった。ただ、言ってみただけである。此処まで言えば、真面目に考える気がないと理解するだろうとの思惑だった。

「成程」

 エディットの答えをどう受け取ったのか、言葉少なく男は答えた。

 これが最後だった。

 納得したわけではないだろうが、これ以上いたところで何も得ることはないと分かったのだろう。女性を伴い、部屋を出て行ったのだ。無論、騎士が後に続いた。特に二人とも見送ることはしなかった。室内に停滞していた重苦しい空気が霧散した。思わず、示し合わせたように息を吐いたのだ。

 特にルシアンは密かに胸を撫で下ろしていた。

 ただこの場にいるだけで、一言も発しなかった。いや、発する事が出来なかったのだ。何故ならエディットと違い、此方はエディットの所為だと思っていたからだ。

 もしかするとあの場所に建物が建つことは二度とないかもしれませんな。

 嘗てルシアンが、老人から聞いた言葉である。今思えばまるで予言のようであった。何せ実際に、建たないというのだから。エディットが二度と来ないと言った。その言葉を忠実に神が実践しているとするなら。そしてエディットには、何の自覚もない。だから、嘘を吐いた事にならない。真実の程は定かではないが、荒唐無稽とも言えぬ話であった。

「ルシアン殿、一つお聞きしてもよろしいでしょうか」

「なんでしょう」

 もう出ていくだけだと思っていたのに、静かになった室内で急にエディットが口を開いたものだから、慌ててルシアンは応えた。貴族相手でなくなったからか、エディットも先程より随分と穏やかな口調であった。

「男性が貴族の方だというのは分かるのですが、あの女性は……」

 言い淀んだ。何と尋ねたものか、よく分からなくなったのだ。誰ですか、と、聞いてもいいものかどうか悩んだのである。嘘を見抜くスキルの持ち主だという事は分かった。だがエディットが気になっているのは、そう言うスキルの持ち主が他にもいるのか、と、言う事である。あの女性だけなら凄い事だが、さて、どうだろうか。

「あの方は、真偽官ですよ」

「真偽官」

「噓を見抜くスキルを持った方の事をそう言うのです」

 あっさりとルシアンは答えたのだった。つまり、他にもいるという事である。

「神官と同じ、スキルによる職業です。ただ神官とは違い、他の職業は選ぶことが出来ません」

「噓を見抜くスキルを得た方は、漏れなく真偽官になるしかないという事ですか」

「仰る通り。例外があるとすれば、王族の方だけでしょう」

 成程、と、エディットは納得していた。確かに嘘を見抜くとあらば、需要は高いだろう。だが、もしその真偽官が嘘を吐いたらどうするのだろうか。

「真偽官の方は嘘を吐かないのでしょうか」

「そうですね。勿論嘘を吐かない、と、言う前提の元、真偽を判定しています。ただ基本一人で判断する事は無いのです。二人以上が原則です」

「でも今日は……」

「サドリセスア伯爵も、エディット殿が本当に嘘を吐くとは考えていなかったという事でしょう」

「えぇ……」

 あっけらかんと言い放ったルシアンに対し、エディットは困惑の声を上げた。それが本当なら、ただ単にエディットに圧をかける為に連れてきたと言っているようなものである。元々いけ好かないと思っていたが、より嫌いになった。十一歳の子供相手に何を、と、呆れすら覚えてしまう。元よりもう会う事も無いだろうが。ルシアンは言ったのだ。サドリセスア伯爵、と。分かっていたが、本当に貴族である。尚エディットは、伯爵、と、言う地位がどの程度の物かは今一つピンときていなかった。偉いのだろうな、とは思っている。だが、その程度だった。因みに知らないだけで、親友のクレマンスも伯爵令嬢である。

「あの方、本当に私が何かしていると思っているんでしょうか」

「さて、可能性はあると思ってはいるでしょうが……」

「一体神官を何だと思っているんでしょう。私なんてただの見習いなのに」

 これはエディットの本音であった。建物を建てさせない、等と言う意味の分からない芸当、誰が出来るのかという話だ。それは神官の能力を遥かに超えている。尤も聞いたルシアンは内心で眉を顰めたのだった。あなたは唯の神官ではないでしょう。口に出しては言わないが、そう思っていた。神の園に三度も招かれた神官は、過去にいないのだ。十分特別だった。

 こうして、王立劇場の件は終わったはずだった。少なくともエディットの中では終わっていた。何せ、去年の話である。今更蒸し返されても、と、言う思いだったのだ。だが今正に関わっている人間にとっては、現在進行形なのである。



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