65.長寿の基準。
エディットの食事は大抵一人である。だが、時に知り合いに遭遇すれば、隣に座ることもあるのだ。避けられなければ、の話であるが。本人には分からないが、人一倍眩しいので、距離を置かれやすいのである。
ふと、知り合いの姿を見つけ、珍しくエディットは近付いた。教会で過ごすようになり一年が経過したが、未だに知り合いと呼べる人間は少なかった。特に非はないが、存在が目に優しくないので避けられがちなのだ。
「シレーヌ殿、隣よろしいでしょうか」
「ええ、どうぞ」
いたのは、座学を担当しているシレーヌであった。物知りで、学問のスキルを所持している神官である。これ幸いとエディットは隣に座り、話しかけた。丁度、聞きたい事があったのだ。尤も、その前に食事である。質素な料理が乗ったトレーを前に、エディットは両手の指を組み祈りを捧げた。隣に座っているシレーヌが、少し目を細めた。エディットが纏う光が一瞬増したように感じたのだ。ただ、口に出しては言わなかった。そう言うものなのだろう、と、納得したのだ。エディットだからである。
そうして、食べ始めた。食堂はそれなりに人がいる割には、大抵静かだった。会話位は誰もがするが、大声で話したりはしないのだ。
「シレーヌ殿」
粗方食べ終えた頃、エディットは口を開いた。
「はい」
「お聞きしたい事があるのですが」
これを聞き、少しシレーヌは身構えた。エディットが物を知らない事を把握していたからだ。何でも知っていそうな顔をして、常識すら知らない子供なのだ。
「わたくしがお答え出来る事でしたら」
しかしそのような事はおくびにも出さず、承諾したのだった。元よりエディットも、断られるだ等とは全く思っていなかったのだが。シレーヌが優しい類の人間であることを知っていた。何せ、先生である。エディットにとっては、そうなのだ。
「神官は寿命が長いと聞きましたが、本当ですか」
至極真面目な顔をして問うたエディットに対し、シレーヌは呆気に取られ目を丸くした。完全に予想していなかった問い掛けであった。
「あの、エディット殿、長いというのはどれくらいですか」
「百年とか……」
「まあ、百年くらいなら、珍しい事ではないですね」
「えっ」
あっさりと言い切ったシレーヌに対し、エディットは大層驚いてみせた。いや、だって、百年である。前世の記憶を思い出しても、百年は長寿の部類である。それが珍しい事ではないというのだ。もしかするとこの世界、エディットが知らないだけで、普通の人間でも百年くらい生きるのだろうか。そもそも平均寿命が長い可能性が出てきた。
「あの、長いというとどれくらいから凄いんですか」
「二百年を越えれば、流石に長いですね」
「二百……。あの、神官以外の人々も、百年くらい生きるのでしょうか」
「貴族の方だと偶にいらっしゃいますね。我々は祈りの力によって寿命が延び、貴族の方は魔法の力によって延びると言われています」
ならば、貴族で神官の場合は、物凄く伸びるのではないだろうか。それとも、相乗はしないのだろうか。
「シレーヌ殿、もしかして私って、二百年くらい生きちゃうんでしょうか」
「エディット殿は二百年ではきかないと思いますが……」
「えっ……」
エディットの呆けた顔を見て、何故そこまで驚くのかシレーヌには理解出来なかった。今この教会で、一番光を放っているのはエディットである。つまり単純に考えれば、誰よりも長生きするのだ。尤もその光が、エディットには見えない。だから、分からない。二百ではきかないと聞き、エディットは怖くなった。そうして、クレマンスも同じくらい生きてくれないだろうかと、割と本気で思ったのだ。一人で何百年も生きるのは怖すぎるので。未だ十一歳で、先の事など何も分からないが、それでもぼんやりとした恐怖を抱いたのだ。
不意に、頭上から光が差した気がした。
「エディット殿」
名を呼ばれ、振り返った。声は、隣ではなく、後ろから聞こえたのだ。
「ルシアン殿」
いたのは、見目麗しい眩しい神官だった。エディット同様、目に優しくない男である。余りにも眩しいので、エディットはあることに気付いた。もしかせずともルシアン神官も、二百年くらい生きるのではないだろうか。
「お食事中申し訳ありません。来客です」
「えっ」
こんな朝早くに? だがルシアンがそのような嘘を吐くはずもない。シレーヌに礼を言い、エディットは立ち上がった。食事の後始末をし、ルシアンに続く。どうやら先導してくれるらしい。先を歩く眩しい男を見て、この美貌を二百年も見れるなら悪くないかも知れない、等と思ったのだ。現金だった。そうして、失念していた。寿命は長いかもしれないが、不老ではないという事をである。今現在老人がいるのだ。それなりに、年老いていくのである。エディットにとっての目の保養が、いつまで存在するのかは誰にも分からないのだ。
そのような事を考えているから、大事な事を聞くのを忘れてしまった。
一体来客が、何処の誰であるかをである。




