64.男前。
「よう、嬢ちゃん」
冒険者ギルドの受付の一番端、与えられた定位置でエディットは目を丸くしていた。呼びかけてきた相手を見て、驚いたのだ。
「こんにちは。傷の方は大丈夫ですか?」
それでも挨拶をして、直ぐに笑いかけた。何だか自分も受付業務が板についてきたのではないか、と、そんな風に思ったが別にエディットはギルドの受付をしているわけではないのだ。
エディットに話しかけてきたのは、以前傷を治した解体のスキルを持った人間だった。解体の最中に、止めを刺し損ねた魔物に襲われ大怪我を負ったのだ。その時偶々ギルドに詰めていたエディットが癒したのである。
「大丈夫も何も、あの時全部消えちまったよ。もっと早く来たかったんだが、中々礼を言う機会がなくてな」
「すみません、あんまり此方には来ないので……」
「責めてるわけじゃねえよ。神官が此処にいる事自体おかしいんだから」
それは確かにそうなのだ。エディットは神官見習いである。普通なら、教会で治療するのが当然なのだ。冒険者ギルドに時々とは言え、放り込まれている現状が可笑しいのである。しかしもう二年目だ。今更文句を言ってもどうしようもない。
「治療費はもう払ってあるんだが、嬢ちゃんには別にコイツを渡しに来たんだ」
エディットがいると分かったからか、今日の服装は前回よりずっと奇麗だった。作業着には違いないが、血で汚れていなかったのだ。尚、不快な臭いもしなかった。その上で、黒色のツナギのポケットから、何やら取り出すと、カウンターに置いたのだ。
「此方は?」
首を傾げてエディットが問う。
「魔石を加工したネックレスさ」
見れば金色のチェーンに、丸くカットされた青い石がついていた。キラキラと、光を放っているように見える。まるで宝石である。エディットはカウンターの上を見ながら、呆けていた。宝飾品など、人生で縁がなさ過ぎて、思考が追い付かなかったのだ。
「あの、魔石ってなんですか」
結果、礼ではなく、違う事を言った。問われペーカーは、考える素振りを見せた。どう説明しようか、悩んでいる顔である。暫し後、口を開いた。
「魔物が金になるのは分かるか?」
「はい。こう、皮とか、牙とか、肉とかそう言った事ですよね?」
「そうだ。他にもう一つ大事なものがある。それが魔石だ。魔物の体内で生成される石でな、コイツが滅法金になる」
「えっ」
エディットは驚いた。何せ金の一言に弱い生き物である。金と聞いては黙っていられない。いや、寧ろ、金と聞いたら貰えない。だって、高価な物は怖いのだ。
「そ、そんなもの頂けません」
すぐさまエディットは辞退した。だがそれを見て、ペーカーは笑ったのだ。
「こういう小さな物は、そもそも宝飾向きだし、大した価値もねえよ」
「本当ですか?」
「流石にあの怪我治して貰って、千トリオレじゃ悪いからな。オマケだオマケ」
おまけ。軽い言い方をされると、じゃあ、いいかな、と、言う気分になってしまう。単純だった。
「では、ありがとうございます?」
「おう、また何かあったら頼むぜ」
仕事が忙しいのか、そう言うとペーカーはあっさりと去って行ってしまった。余りにも後腐れのない態度に、エディットは呆けながら見送った。そうして思った。
惚れちゃいそう。
きっとこの先何度も思い出すだろう。だって、生まれて初めてこんなに綺麗な物を貰ったのだ。ネックレスである。絶対自分では買わない。いや、買えない。値段の問題ではなく、勿体なさ過ぎて買えない。
石を掌に乗せてみる。
奇麗な青い石である。深みのある色合い。大した価値はないと言われても、見ていると溜息が出た。ペーカーの姿を思い浮かべる。身長は百九十センチはあろうかという巨体である。言葉遣いは荒く、でも、こんなにも繊細な気遣いが出来る。決して押し付けるわけではなく、スマートだった。
危ない。
うっかり、転びそうになってしまう。つまり、恋に落ちそうになる。
もう一度、ペーカーを思い浮かべた。あの時、さり気なく頭上を見たのだ。スキルは、解体。他にはなかった。その上に名前が出ていた。
リラ・ペーカー。
ペーカーは苗字であった。
つまり、女性である。普通に考えて、リラは女性の名前である。
女性で良かった。ついでに、神殿騎士であるレモンドのことも思い出した。彼方も彼方で、エディットに贈り物をしてきたのだ。あの時も危なかった。惚れるところだった。女性で良かった。男性より男前の女性が多すぎやしないだろうか。貰ったばかりのネックレスを握りしめて、エディットは深く息を吐いたのだった。




