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63.解消されない疑問。


「聞いて頂戴アミシー。エディット殿ったら、わたくしがいるのにお湯を全部消してしまったのよ」

「大変申し訳ありません」

 友人の責める物言いに、真摯にエディットは謝った。何せ弁解の余地など無い。後先考えず、湯船を空にしたのは事実である。尚、聞かされた侍女は眉尻を下げ、笑みを浮かべるのみだった。別段エディットを責めたりしなかったのだ。叱責されてもおかしくないにも関わらず。クレマンスは貴族で、エディットは平民である。しかしクレマンスがそうしているからか、アミシーも又、エディットを主人の対等な友人であると見做していたのだ。

 既に服は身に着けていた。自室であるクレマンスは兎も角として、エディットには神官服しかない。しかしその濡れていた筈の神官服はすっかり乾いている。侍女が乾かして持って来てくれたのだ。入浴していた時間を考えれば、恐らく短時間で服を乾かす道具があるのだろう。エディットの脳裏に浮かんだのは、前世で見た乾燥機である。今までは知らなかったが、大体似たような物があるのだと分かってきていた。尤も乾いているのは衣類だけで、まだ、髪は濡れている。これは拭いて終わりだろうか、と、借りたタオルで水気を取っていると、不意に風を感じた。窓が開いているわけでも、誰かが部屋を出入りしたわけでもない。なのに、風が吹いたのだ。しかも、ただ吹いたわけではない。吹き続けている。冷えた風が、髪に当たっているのだ。不思議に思いクレマンスを見たが、平然としていた。如何にも、何時もの事、と、言わんばかりだった。風の出所を探り振り返れば、侍女がいた。

「どうかなさいましたか?」

 不思議そうな眼差しを向けるエディットに向かい、アミシーが問うた。

「いえ、風が」

「アミシーは、風のスキルを持っているのよ」

 答えたのは、お嬢様の方である。成程、と、エディットは納得した。つまりこの風は、ドライヤーの代わりである。もしかすると、服も同じ要領で乾かしたのかもしれない。大変便利である。ふとエディットはある事を思いついた。先程エディットは浴室で、水を消すことに成功したわけである。つまり、この湿っている髪の毛から水を無くすことが出来るのではないか、と、そんな風に思ったのだ。或いは服でもいい。濡れた布から水を取り除く。出来るのでは? ただ、可能性に思い至ったとて、直ぐに実行できるとは限らないわけである。エディットは年齢の割に頭が固いのだ。

 何やら難しい顔をして黙り込んだ友人に向かい、クレマンスが言った。

「夏は良いわよね。涼しいし。冬だと寒いの」

 風の事である。確かに、今吹いているのは冷風だ。

「一緒に火のスキルも持っていたら良かったのに」

 恨みがましく言われ、アミシーが困ったように笑った。スキルと言うのは生まれつきのものである。エディットのように神より直に賜らない限り、増えたりしないのだ。クレマンスの言葉を聞き、スキルは合わせることが出来るのだと、エディットは知った。火と風のスキルを合わせれば、温風になる、らしい。つまり、水と火のスキルがあれば、お湯が出せる。その筈である。もしかすると、魔法にも同じ事が言えるのかもしれない。尤も、魔法は使えないので分からない。エディットは自身に置き換えて考えてみた。持っているのは、水と光のスキルである。果たして、水と光が合わされば何が出来るのか。水の中に光を入れてみる。あくまで想像である。するとどうなるか。何となく水が綺麗に見えた。意味はない。

 ふう、と、エディットは息を吐いた。

 結論、分からない。

 エディットは年齢の割に頭が固い上に、固定観念を持ちすぎていたのであった。水と光は上手く合わさらないと思い込んでしまっているのだ。

 ううむ、と、風を受けながら、更に思考の渦に陥ってみた。スキルも分からなければ、魔法も分からない。しかももう一つ分からないものがある。魔力である。以前、教師然とした神官のシレーヌに尋ねたが、理解には及んでいなかった。曰く魔力と言うのは、誰もが生まれつき有していながら人によって違い、似ているものはあれども、全く同じ魔力はない。こう言った事であった。なのに、魔法のランプは、誰が点けても点くのだ。恐らく、浴槽と同じである。あれは、誰が触ってもお湯が溜まる仕組みなのだ。そうでなければ、意味がない。エディットは考えた。例えば、手のようなものだろうか、と。手は誰だって同じである。しかし、指紋は違う。お湯を沸かすのに必要なのは手であって、指紋ではない。そう考えれば、何となくだが、納得できる。ただ、納得したところで、それが正解とは限らないわけである。

「あの、クレマンス殿。私イマイチ魔力と言うものが分かってないんですけども、魔力って何ですか」

 結局エディットは、直球で尋ねたのだった。問われたクレマンスが、眉根を寄せた。何を言っているのかという顔だった。

「魔力は……魔力でしょ? 生まれつき誰もが持っている」

「それは知ってるんですけど、どうして魔法の道具は誰が使っても使えるのかが分かんないんです。だって魔力って、全員違うんですよね?」

「基礎魔力は、そう変わらないわよ」

「えっ」

 思わずエディットは目を丸くして、呆けた。聞いた事のない言葉が出てきたからである。基礎? 基礎魔力? 魔力に基礎がある? 驚くエディットを他所に、クレマンスは続けた。

「ランプだとか、浴槽だとか、誰もが使えないと困るものは、基礎魔力で作動するようになっているのよ」

「その言い方だと、基礎魔力では作動しないものがあるように聞こえるのですが」

「あるわよ。特定の魔法の道具はそうなの」

「つまり、基礎魔力以外の魔力がある?」

「ええ、属性魔力よ」

 思わず訝し気な表情を浮かべた。又もや聞いた事のない言葉が飛び出してきたからである。属性魔力。先程クレマンスは、基礎魔力はそう変わらないと言った。つまり、人によって違うのは、属性魔力の方なのではないだろうか。だが、以前教えを請うた相手であるシレーヌは、そのような事は一言も言っていなかったのだ。

「大体エディット殿、あなたは属性魔力を持っているじゃないの」

「えっ! 私属性魔力持ってんですか!?」

 急に声を張り上げたので、クレマンスが顔を顰めた。もしかすると背後ではアミシーも似たような表情を浮かべていたかもしれない。だが、咄嗟に大声が出てしまう程、驚いたのだ。いや、驚きはしたが、そもそも未だ意味は分かってない。自覚していないものを所持している事実に驚いたのである。

「だってあなた、水のスキルを持っているじゃない。つまり、水の属性魔力があるわよ」

「えっ、あっ。そう言う事なんですか……」

 薄っすらとではあるが、理解した。水のスキルを持っているから、水の属性魔力も所持している。こういう事である。つまりエディットは、光のスキルも持っているので、恐らく光の属性魔力も所持している筈である。だからと言って、何が出来るのかは分からないが。ふと、シレーヌに聞いた話を思い出す。魔力が、魔法を使う力に転じる事がある。そう言っていた。それは、属性魔力の事ではないだろうか。例えば、水の属性魔力が変化して、水の魔法となるわけである。あくまでただの想像であって、どうしたらそうなるのかはまるで分からないのだが。大体、スキルと魔法の違いも分かっていないのだ。いや、引き継がれるか、そうでないかの違いだろうか。もしエディットの水のスキルが水の魔法に転じたなら、エディットの子孫にもその力は受け継がれる。魔法とはそう言うものらしいのだ。

「難しい顔をしてどうしたの?」

 黙って考え込み始めたエディットに、不思議そうにクレマンスが問うた。

「いえ、この話私聞いてもいいんだろうかと思いまして」

 ふと、気付いた事を言った。以前シレーヌに尋ねたときは、ここまで詳細ではなかったのだ。それはつまり、シレーヌも知らないという事ではないだろうか。魔力ギルドや、メイジユニオンと言った、専門機関の知識ではないだろうか。若しくは、貴族だけが知っている事なのではないのだろうか。

「だってあなたは、神に誓って悪い事はしないでしょ」

「えぇ……」

 あっけらかんとクレマンスが言い放った言葉に、エディットは困惑した。いや、それはそうだろうが。確かにエディットは悪事を働かない。働くことが出来ないのだ。常に神の目が向いている事を理解しているからである。その上で、大神官の力を失う事を恐れているのだ。神官のスキルは基本消えないが、大神官のスキルはそうではないらしいので。

「もしかしたらその内、わたくしと同じ水の魔法が使えるようになるかも知れないし」

「そしたらどうなるんですか」

「さあ? 貴族になるんじゃない?」

「えぇ……」

 物凄くあっさりとクレマンスは言ったが、実際はそんなに簡単な話でもないだろう。貴族になることも、魔法使いになることも。もしエディットがなれるとしたら、そこら中に魔法使いは溢れている筈である。だが実際には、貴族のみなのだ。つまり、魔力が魔法に転じる等と言うのは、ごく限られた人の話なのである。

 髪が乾いたので自室に戻ろうとしたら、菓子と飲み物を用意されたので戻れなくなった。エディットの意志は弱かった。レモネードによく似た飲み物は冷えていてとても美味しかった。折角水を出すスキルがあるのだから、自分でも作りたいものである。もし上手く作ることが出来たなら、将来店を出せるかも知れない。一生神官でいると決めている癖に、直ぐに金を稼ぐ方法を考えようとする。エディットの悪い癖だった。

 残った菓子を包んで貰って、漸く部屋へと戻った。何時もながらエディットにくれる為に、多く出してくれるのだ。エディット自身それを理解しながら、有難く頂戴していた。菓子を買う気持ちの余裕は未だに無いのだ。物凄い贅沢に思えてしまう。部屋には相変わらず、コップはあるが、それ以外はなかった。だから、ただ水を入れる。見習いの期間が終わる前に、この水の味を変える物を入手する余裕が出来るだろうか。

 ふと、コップの水を見る。己のスキルで出したものだ。水のスキル。水の魔力。果たして魔力とは何なのか。水のスキルを使うのに必要な力だという事だろうか。以前、ストランド商会のレイナウトに貰った箱の事を考える。エディットにしか開けられない箱。魔力で判別している筈である。魔力と言うのは、人によって違う。だとすれば、基礎魔力で判断しているのか、属性魔力で判断しているのか。それとも、エディットが持つ全ての魔力で判断しているのか。考えたところで答えは出ない。

 ふう、と、一つ息を吐き、コップの水を飲み干した。

 答えが出ないものを延々考えるより、やるべき事はある。少なくとも今エディットがすべき事は、冬までに自分の意志で大量の水を消す事だった。一度成功したからと言って、次も出来るとは限らないのだ。



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