48.未だ終幕ならず。
神官に身分はない。しかし、便宜上の地位はあるのだ。治癒処の受付にいた女性神官は、上の方だった。それなりに光り輝き、治癒の力も上位の腕前。何より貴族の出で、人への対応が慣れていた。要は、窓口として重用されていたのだ。応接室に通されたベイトソンは、女性神官と向かい合って座っていた。テーブルの上には、軽食が用意されている。教会は質素倹約を謳っているが、決して貧しいわけではないのだ。
「ベイトソン殿は、エディット殿が詐欺にあった件でお越しになられた。そう言う認識で構いませんか?」
「それだけでもねえが、教会はこの件、把握してねえのか」
「少なくともわたくしの元へは上がってきていません。クレマンス殿の表情を見るに、恐らく誰も知らないでしょう」
「あの嬢ちゃんとは仲がいいのか」
「ええ、今見習いは二人だけなので」
そう言えば友人がいると聞いた事がある。成程、あの少女の事か。ベイトソンはクレマンスを思い出していた。エディットとはタイプが違うな、と、思いながら。
「エディット殿は、どのように騙されたのですか」
「魔法の箱を買わされたんだと。五万で」
「五万で……結果として、魔法の箱ではなかったという事ですか」
「おう。この後、未だ出て来るぞ」
「何がです」
短く女性が問うと、ベイトソンは焦らすように、用意された茶を飲んだ。短い沈黙が降りる。
「神罰を食らう人間」
直ぐに破られた。神官が目を見開いた。驚愕と動揺。その何方にも襲われていた。神罰など、そうあっていいものではない。寧ろ、実際に見たのは彼女とて初めてだったのだ。神が罰を下す等、実際の神官にとっても、それこそ本の中の話だった。
「それも、教会内部から」
「なんですって!?」
思わず声を張り上げた。普段の貴族然とした、にこやかな空気が霧散した。只恐怖に顔を引き攣らせた女がいたのだ。
「どう言う事です?」
「何故エディットが騙された事に気付いたんだと思う?」
言われ神官が眉間に皺を寄せた。それはつまり、気付く何かがあったという事で、その出来事さえなければ、未だにエディットは魔法の箱だと信じていたという事である。
「部屋に鍵はねえのか」
「部屋? エディット殿の? 基本見習いの部屋にはありませんが……」
「つけてやるべきだな。魔法の箱だと信じ切って金を入れておいたエディットは、まんまと部屋に入られ金を盗まれました。箱は、魔法の箱ではありませでした、と、こう言うわけだ」
「いえですが、本当に盗まれたというのですか」
「エディットが嘘を吐いていると? それならそれでいいじゃねえか。神罰を食らう人間は現れねえって事だからな。だが、出てきた場合は?」
ベイトソンに問われ、神官は息を呑んだ。その場合は。頭に浮かんだのは、他の神官も罰せられる恐れがあるという事である。元はと言えば、部屋に鍵がついていない事から始まっている。施錠がきちんと出来ていたなら、少なくともエディットは大枚叩いて箱を買おうとはしなかっただろう。盗んだ誰かは、例え鍵がかかっていても侵入したかもしれないが。
神官は深く息を吐き、思わず背を丸め顔を両手で覆った。こんな事は初めてだった。神罰を受ける人間を見たのも、そして、神が神罰を下す程に愛された神官を見たのも。
「エディットをぞんざいに扱い過ぎじゃねえか」
「ですが、彼女は、見習いです。そう特別扱いは出来ません」
「だが、子供だ。十歳だぞ。親の庇護下にいる年頃だ。せめて、金の使い方くらい教えてやれよ」
「教会は、子育ての場ではありません」
「子供預かっといて何言ってんだ。だったらあのもう一人の見習いも同じ扱いか」
「彼女は貴族なので違います」
「教会に身分はねえんじゃねえのかよ。平等が聞いて呆れるぜ」
「これ以上の口出しは止めて頂きたい。教会の問題です」
「教会の問題だあ? 見習いの状況一つ把握してねえ癖に。たった二人の見習いだろうが。そんなに目が届かねえものかね」
流石に押し黙った。ベイトソンが優勢だった。
「何故エディットが黙っていると思う?」
「神が裁いて下さるからですか」
「ンなわけあるか。信用してねえんだよ、教会を」
「何ですって……」
「分かるだろ。お前ら、放任過ぎんだ。面倒は見てくれるが、世話はしてくれねえ。親身にもなってくれねえ。しかも、金を盗むときた。頼るわけねえだろ」
まるで吐き捨てるように言った。エディットは教会に感謝している。衣食住の面倒を見てくれて、何不自由なく過ごさせてくれる。お金もくれる。それでも、金を盗まれても訴え出なかったのは、結局のところ信じられないからだった。いや、自分を信じて貰えない、そんな風に思ったのだ。もし、盗まれたと訴え出ても、取り合って貰えないような気がしたのである。騙された事も、盗まれた事も、全て証拠がないのだ。あるのは、神の力で出した犯人と思しき姿絵である。だがこれを元に訴えたとして、果たして相手が認めるだろうか。自信がなかった。つまり、エディットが諦めるに十分な理由が揃い過ぎていたのだ。
神官が、深く息を吐いた。
「あなたには、分からないでしょうね」
「何が」
「彼女の恐ろしさが」
「何だって?」
僅かに顔を上げた神官の目は、酷く昏い色をしていた。
「特別なんですよ。あんなに光を纏った神官は、この世にいないでしょう。直に見ると、目が潰れてしまいそうになるのです。胸が痛くなるのです。まるで、己の罪を暴かれているような気になるのです。我々は、恐れるしかない」
静かな告白を聞いたベイトソンは内心で吐き捨てた。分かんねえよ、と。神官でないベイトソンには、光など見えないのだ。冒険者ギルドの長にとって見習い神官は、ただの子供でしかなかった。何を恐れる事があるのか、まるで分からないのだ。ただ、エディットと教会の関係が上手くいっていない事は分かってしまった。表向きは普通だろう。しかし恐らく全ての神官が、似たような思いを抱いているに違いないのだ。見習いでありながら、エディットは畏怖の対象だったのである。
エディットに向かい、軽い気持ちで言った身柄引き取る、と、言う言葉が現実味を帯びてしまった、そんな気がした。
最後にベイトソンは、袋をポケットから取り出した。明らかに上着のポケットに入るサイズではない袋だった。上着自体が、魔法の産物だったのだ。その袋をテーブルの上に置く。硬質な音が響いた。
「金だ。全部エディットが今日稼いだモンだ」
それは本日ギルドで、エディットが治癒の対価として稼いだものであった。本人が受け取りを拒否したので、こうして持ってきたのだ。神官は眉根を寄せてその袋を見ている。そうしてベイトソンは去っていったのだ。飲み物以外、何も口を付けないままに。




