アロン王子様の事情ー忍び寄る「うぉっと!?」の恐怖ー
幼かった私、アロン・マーレイユ・リンディアの記憶に鮮烈に焼き付いている光景が、魔王怪異で人が溶けていく光景だ。さっきまで隣を歩いていた級友の体の半分が粘液となって崩れ落ち、半分だけになったもう片方は自分がどうなったかも分からず金切り声を上げる。
人形姫が生まれるまでに起きた、一番最初の事件だ。王城の床から出てきた石だらけの手が叔母を掴み上げ、引き裂いてしまいそれが終わるまで母と抱き合いながら七日七晩を過ごした。そして七日目、助かった事を喜びさっきまで会話をしていた母を見ると、母の首から上はマネキンとすり替わっていた。
母は、一瞬まで会話をしていたのに。ほんの一瞬の間に何が起きたのか……? 血の海の中で放心していた私を救ってくれたのは当時のフォレスト家の戦士たちだった。
おぞましい魔王怪異と多大な犠牲を払い戦い続ける、防人たち。母の仇である魔王怪異の殲滅を成したい、でも自分では力が足りない事実。けれどフォレスト家の者達がいつか必ず勇者がやってきた時の様に、必ず平和を取り戻してくれる。
そんな事を夢見ていた。だから......あの人形姫に関しても処刑の言葉を飲み込んだのだ。身の内に魔王怪異を飼う者等おぞましいにも程がある。けれど、魔王怪異を滅ぼす力になってくれるならと思った。だから、国の中の有象無象をまとめ、せめて平和な時間が長く続けばと祈っていた。
しかし、ある日、ふと気づいてしまう。人形姫の活躍を除いたならば……結局は、以前と状況は何一つ変わっていないのではないか……? この平和は所詮時間制限があるものなのではないか……? フォレストの者の中にも、多大な犠牲が起きていて今こうしている間にも彼らが彼ら自身を処断し、命を堕とす者や人ではなくなっている者が続出している。
死に物狂いの戦いを続けても、最期には、いつかの母の様に、いつかの級友の様に無残な終わりになるのではないか。それは王子である自分も例外ではない。そして、自分が信じていたフォレストの者たちも……そうだ、人形姫を掲げている以上、実は中身はすべて腐り落ち、魔王怪異と同様の存在が人の顔をしているだけなのでは……?
最初は小さかった疑念が膨らんでいき、最期......何かが折れた。だから......そんな中、フィーナ・マーレイユ・フォレストに持った感情も一言には語りつくせない。まだどこかにあったフォレストへの憧憬と同時に絶望でもあり、魔王怪異を庇う者であるならば、奴らと同様の穢れ者であり......なら、その穢れ者を蹂躙すればあるいは、まだ何処かに救いが……破滅までの時間、正気の縁になるのではないかと、そんな事を考えていたのだ。
滅ぶなら全て滅んでしまえ。何もかもがどうでも良くなってしまった。
私は、今も城なのか、それとも此処が他の魔王怪異のアジトになってしまったのかは分からないそんな場所の一角で、そんな事をぼんやりとした意識の中で思った。目の前には、やたら軽快な音を立てる何かの画面と……カセットと呼ばれる物が刺さったファミコンとやらが置いてある。
私を蹂躙した『手からビーム出しちゃうおじさん』という痴れ者は、これに関して……
「素晴らしいであろうっ! 今回の趣向の為に用意した城改造計画の要にして、後々まで語り継がれる名作が差してあり、同じものが塔のてっぺんにもあるのだよぉ! ちなみにお暇ならこれでもやって時間を使ってみるのも一興であるぞ?」
……等といって去っていった。他の貴族に関しては……さて、どうなったのだろうか? 何処からか「お頭! なんか一夜にして貴族が金属になっているんですがどうなってんでしょう!?」「脱走……違う。あ、これ元人間っぽいな」「あれ? 野良魔王怪異でもいたのか?」「あるぇ?」等と聞こえたが、もうそんな事もどうでもいい。
間違いなくあの狂人は、魔王怪異でこそ無いものの、人の道理を外れた……同じような壊す者なのだろう。人形姫が言っていた事がこれだったのか、それとも違うものだったのかも、もう私には興味はない。終わるなら……終わるなら、せめて暗闇で1人、全てを終わらせてくれ。
人間でなくなるなら、せめてそれに気づかない間に人間を辞めさせてほしい。それだけが私の今の唯一の......
「ええー? 退廃モードで全部終わっちゃうのっ? それは思いっきりつまらないかなぁ☆」
誰だ……? ふと視線を向けると、ファミコンとやらの制御盤を片手にカタカタ遊んでいる......珍妙な女がいた。袴に着物……? 高下駄らしきものもあり、頭には帽子……? 顔は……恐ろしい程に美しい。美しい事は分かるが、何故だろう顔が分からない。
言っている意味が分からないかもしれないが、美しい事は分かるが、顔が分からないのだ。彼女は……いや、そうじゃない。「これはなんだ?」
「『手からビーム出しちゃうおじさん』が捕まえてた貴族さんは……まあねぇ、本題の所で最後に欲しいのは、お金という事だったから、貴族から金属へ素敵な変身を遂げてもらったわけで、次は君の番なんだけどぉ☆
ねえ、君……? 君は……なんていうかなぁ? 全部中途半端なんだよぉ☆ 魔王怪異が怖いから駆逐したいってんなら、もう地獄の底まで駆除しまくらないとっ♡
『あの日見た美しい物の為に、他の全部を炉にくべても別にいいや』
……みたいな? 途中で折れちゃう? ああ、まあそれならそれでも別に構わないよっ? 別にそれも人間として全く正しいからねえ? でもぉ……? 他の事なら良いけど、魔王怪異案件でだけはそれやっちゃうの絶対にダメなんだよぉ?
あれ、1個1個全部別の存在だとでも本当に思ってた……? 別個だよ☆でも同時にそうじゃない。魔王怪異はそこにいる人をジィっと見つめているんだよぉ……♪
君さ、君、お母さんが亡くなった時に救われたんでしょっ? だったら後の事はフォレストの人に全部丸投げしときゃ良かったんだよ。だって、あの人たちはとっくに手遅れなんだから。
『もう......魔王怪異にバッチリ見つめられている......☆』
率先して魔王怪異と戦う人達に、魔王怪異は興味津々。憎むとか憎まないとかそんな次元じゃないんだよぉ☆ とにかくグッチャグッチャにして何だか分かんないものにしたい、そんなそれに、興味を持たれたら終わりの存在から、人を守っているとか狂気の沙汰さっ☆
そんな人達の巫女姫を辱めるとか、もう自分から舞台に上がっちゃったに等しい。ねえ、目を閉じて終われる? いやいや何を言っているんだい?
―『目を閉じてからが本番だよ?』ー
逃げるんだったら地の果てまで逃げて、弾圧するんだったら地獄の底まで弾圧して、その方がよほどマシだったのに……♪
僕の愛するジョンマクレーンだったり、改造処女君謹製の未完成改造人間君だったり、そろって魔物に憑かれてる点では同じなんだけど、あの連中は「カッコイイ」とか「ロマン」とか、そんなのが頭の中に刺さってる世界で一番幸せな人達だからっ☆
つまる所、おバカさんだからこの辺は問題ないんだけど……君は……ああ、もはやダメだ☆」
これはダメだと直感した。退廃的な気分でいるとか、世界の終わりを見つめているとかそんな気分が瞬時に吹っ飛んだ。反射的に風の魔術を発動させる。王族として、存分に鍛え続けダンテ等にも引けを取らないそれは女1人を真っ二つにする事くらい容易い。
床のブロックを弾き飛ばしながら、風の刃が女の胴体を横なぎにした。彼女……魔物は上半身と下半身に真っ二つになった。これは......助かったのか……? 放心したように一瞬立ち尽くす。しかし、次の瞬間だった。
上半身と下半身、それぞれから「よっと☆」という声と同時に、それぞれ新しい上半身と下半身が生えて、女は「じゃじゃん☆」と2人に増えて、とっておきの手品を見せるように、ポーズをとって見せた。
「「種も仕掛けもありません☆」」
「お前は……お前は一体なんなんだ!? ま、魔王怪異……! 魔王怪異なのか!?」
「探偵だよぉ☆ それ以上でもそれ以下でもない。うふふー☆ 君の真実を教えてあげに来ただけの小粋な存在さ……♪」
女はこっちに近寄ってくる。再び魔術を放つ。女の体の一部が吹っ飛ぶ。また人数が増える、吹っ飛び……増える……(以下略)
そしてエリア全体に増えた探偵と名乗る女達は、私の体をまるで生贄の様に担ぎ上げた。私はついに恐怖が頂点に達し、悲鳴を上げる。そんな中、探偵女達はクスクスとまるで無垢な少女の様な笑顔を浮かべた。
「わた……私を私を……何処へ!? どうするつもりだ!」
「「「「ええ、それやっぱり聞いちゃうー? 今だって君、実は助かる好機があったんだぜぇ? ほら、そこのファミコン。「よし! ここはドルアーガの塔のタイムアタックでどうするか決めよう!」とか言ってくれるとか、「あー石田彰さん!」とかさ、そんな事言ってくれたら面白いからっ☆ もうちょっと放っておいてあげようかとか思ったのになぁ?」」」
「......た、たいむあたっくで……」
「「「後だしはダメぇ☆ そうだなあ......☆ 君は要するに安心というものが欲しいのだろうっ? いいよぉ? 安心をあげようっ☆ 代わりに安心以外何にもないけど、まあ、その辺は細かい事かなぁ♪
改造処女君の技前とは違う感じのアレンジになっちゃうけど、どうだろうなあ、彼女は僕を認めてくれるだろうか……? それとも解釈違いという事で戦争になっちゃうだろうかっ☆
まあ、戦争でも論争でも僕は面白ければ何でもいいから、それでいいかなあ。あ、そうだ。おじさんにはちゃんと持ち出し許可をとっておかないとねえ! じゃあ、逝こうか☆」」」
魔術を発動した。発動した風は探偵女が口に吸いこんでしまう。必死に体をひねった。探偵女が体にまとわりつき、再び出せなくなってしまう。顔が分からない女が伸ばす手が指が、1本ずつが体にまるで水面を通すように、ツプンと吸い込まれる。
あの王城で信じられない裏切りを受けたと、こっちを見ていたフィーナの......生贄の巫女の顔が思い出された。彼女は......こんな存在から人を守る運命を受け入れた女だ。今の私の様に自分がなってでもそうしようと思った女。こうなる事を知っていたから、だから、私がこんな存在の動くことを許した事が理解できず......だから、あんな顔になったのだろう。
聞きたかった。何故こんな目に遭う事を......是とできる? ああ、そうか、今ようやく理解できた。魔王怪異とは別の形で、彼女もまた......同じだけ......
「「「よーし、じゃあ逝ってみようか改造手術!」」」」
私の人間の時間は此処で終わる。目覚めた時に私はどうなっているのか......? 願わくば人である事を全て忘却できていますように。




