フィーナ・マーレイユ・フォレストさんは困惑する。
わたくしフィーナ・マーレイユ・フォレストはフォレスト侯爵の一人娘であり......このリンディア王国における魔王怪異討伐の任を担う巫女でもあります。
人形姫と呼ばれるミリアが現れる......いいえ、それよりもずっと昔。勇者様がこの地に降臨するよりさらに前から、わたくし達は魔王怪異討伐の防人としてリンディア王国を守ってきました。辺境開拓に必須の治水を水の魔術で行えることもあったのですが、何よりも魔王怪異の瘴気に対し水魔術の力は切り札の1つでもあったからです。
当該地区や対象物や場合によっては、その犠牲者をそのまま水底へと封印する。無論......これを実施するのは容易ではありません。封じた地域は常時監視者を必要としますし、封印に使った水魔術の具合を常に監視していなければ、いつまた現世に悪夢が襲い来るか分からないのです。
術も安全に行使出来るとは限らず、戦っている最中わたくし達は多くの犠牲者を出しました。2度と人に戻れなかった者、現世へ帰還できなかった者、助けを請う者たちの命を絶たなければならなかった事......同じような事が何度もありました。
何より......わたくし達が特にこの役目に任じられた理由には、わたくし達の中に出る巫女が「神おろしの魔法」が出来た事が大きい。わたくしが当代のその役になりますが……水の封印が無力だった場合には、巫女は魔王怪異の汚染の中へ入り、瘴気を己が内に取り込んで......舞へと変えます。
魔術は感覚によるものであり、魔法は形なきものの声を司る。わたくし達は自然から離れて生きる者ではありません。
――「自然は必ずわたくし達の身の内にも何かを語りかけている」――
意味が分からない喜び、不安、かすかな胸の痛み。忘れようと思った思い出、怒り憎しみ劣情さえも。勿論、それは自分のものかもしれない。でも、それを前にして現れたならばそれは世界の声である事も当然あり得る話。
魔王怪異の浸食も、本質的には同じもの。人が気づかぬ間に内に忍び寄り、内面で一気に膨らみ喰い殺す。これこそが瘴気の本質で……だからそれに気づいたら、舞や唄へ変えてしまうという事が出来る。
「世界を蝕む呪い」に「唄」や「舞」を付けてしまう。そうすれば呪いは呪いそのものではなく、「唄」や「舞」に変じます。それは聞く人や見る人を蝕むけれど、唄であるだけ舞であるだけ......その場だけに留めておけるものになるから。
唄い終われば舞い終われば、それで終いと出来るのです。無論、それをした者は無事ではすみません。「世界を蝕む呪い」を身にうけて舞い唄う以上、最期には巫女は魔王怪異に成り果てるか腐り果てて死ぬのです。
だから......わたくし達は防人であるのと同時に呪われて朽ちる定めであり、同時に魔王怪異に苦しむ者の最後の砦です。そして、ミリアは......彼女はそんなわたくし達にとっての大事な恩人であり、守る事が出来なかった御方が最後に残された、たった一人の娘。
彼女は通常の人とは違う生まれ方をしました。でもそれが何だというのでしょう? 彼女の母は巫女として、死す運命にあった母を救ってくれました。
そしてミリアも……彼女の力により、防人として死ぬフォレストの者は半分未満にも減る事になったのです。あの御方がミリアを愛していたのを、わたくし達は知っていて、魔王怪異の深淵も知っている。ならば……わたくし達が、ミリアを守るのは当然の事。わたくしもまた、彼女を愛しています。大切な妹。大事な人から託された子。
わたくしは......同年代よりも少女らしい体型もしておりませんし、身も弱い。水の魔術は大きかったのは母譲りですが、それに体がもたず血を吐いてしまう体たらく。けれどフォレストの防人として、もしもの時は死よりもおぞましい末路が待っている事も覚悟しております。
ええ、アロン王子がわたくしを孕み袋としか見ていた事も存じています。でも、必要とあらば身を捧げるつもりもありました。アンナは......わたくしの大事な、アンナ・マロリーはその部分だけは誤解していた様ですが。
いつもジッとわたくしを見て、話しかけようとすると急いで逃げていってしまい、ただ困ったことがあると、なんだかんだで声をかけてくれるそんな子。表と裏を気にしなければならず、本当の事は絶対に誰にも言ってはいけない役目があるから。
だから......彼女にも本当の気持ちは言う事は出来ません。彼女は声を大にして友達だと言ってくれるけど、わたくしの最後は絶対に惨たらしいから。そんな事を......心を許している事を告げたら、絶対にわたくしは泣いてしまうから。
でもミリアやアンナや......フォレストの多くの者の安寧の為でしたら、孕み袋としか思われない事等、何の哀しみがありましょう? 大事な事はもっと違う場所にあるのですから、わたくしの大事な物は1つとて失われる事が無い。
ただ、ただ信じられなかったのは、哀しかったのは1つだけ。王子も知っていたでしょうに。魔王怪異がどれだけ惨たらしいかを貴方だって見ていられる立場だったはずなのに。魔王怪異の跳梁跋扈を許してしまうというのですか?
死ぬことすら赦されず、永遠に現世を彷徨う事になるであろうそれを......まるで酒宴の座興とでも言うその姿勢が、わたくしには理解できませんでした。これは必ずミリアに害をなし得るし、フォレストの者としても看過出来ない深刻な裏切りでした。
王都が、そこにいる多くの者が個人の私怨で腐り落ちる。それを自分はもう止める事が出来ないと感じたあの絶望は息が止まるほどでした。結局......『手からビームを出しちゃうおじさん』という異邦人やわたくしたちを守るために集まってくれた皆さんのおかげで、城から逃げることは出来ました。
最悪の事態は免れましたが……でも戦いはまだ終わっていません。魔王怪異を駆逐し、混乱を収めなければ。
現状、フォレスト領各地でも楽観視出来ない戦いが繰り広げられていて、ミリアが「首おとしの魔王怪異」を討伐し、今は「目玉開きの魔王怪異」と戦ってくれています。それは......ちょうど、此処から1キロと見たない場所。
住民たちは、『手からビーム出しちゃうおじさん』の配った全身防御のコマンドというものと、事前避難により、最小限の犠牲しか出てはいません。しかし、決して油断する事は出来ない。今もこうして......弓に水をつがえ......放ち、全身に無数の目玉が生まれ、周囲の木々にも同じような現象を起こしながら、こっちに走ってくるイノシシを討ち、同時に数多の水で汚染された土壌を、元の発生現場まで戻す事をしています。
他の騎士たちも同じように、各々の配置で戦っておりGGM団有志の皆さんたちも協力してくれていますが、ひどいひどい長期戦......ああ、今大きい光が上がった。これは魔王怪異の中心をミリアが討伐した証。彼女は無事に違いない。
わたくしは、急ぎ彼女の帰還と後詰めの指示を出します。それと同時に......魔神の召喚に向かったアンナの事を思いました。お願いだから絶対に無理だけはしないでほしい。わたくし達の中で一番の炎の使い手であり、炎の魔法書も使えるからこそ、選ばれた人選であり、それ時点には一切の異論はない。
でも…...もしも、もしも......
『彼女の首からもう1つ首が生えていて、手からは魚の鱗が山と生え、汚臭放つ触手があのソバカスがあるけど愛らしかった目から生えていたら?』
怖い。誰か1人を贔屓して良い立場ではないから、きっとそうなったとしても、わたくしは彼女の処断に一切躊躇ってはいけないのだけれど、わたくしは......怖かった。神様の助けなど......勇者様が消えた後には女神様の気配なぞ終ぞないままだけど……祈る。わたくしはどうなっても構いません。命も我が身も捧げて後悔は致しません。だから、だから代わりにあの子を、みんなを守ってください。吐きだしたくなるくらいに、怖い。
アイスクリームの話をしよう。ミリアとも美味しい紅茶の話をして、大丈夫だ。きっと全ては良くなる。わたくしは無理矢理に自分に言い聞かせていると、向こうから......
「おーーーい! フィーナぁぁぁぁぁ!? いえーい! アンナ・マロリーさん帰還だぜぇ☆ 恥ずかしながら戻ってきましたぁぁぁぁ♡\(^o^)/」
ああ、わたくしの失いたくない……言い出せないけど、わたくしの友達がボロボロのマント姿に青あざと切り傷でボロボロで、でもいつものアーミングソードを腰に下げて、ぶんぶんと手を振っている。
よかった......! もう少しだけ、もう少しだけ、わたくしの幸せな時間は続いてくれる! 彼女は無事に役目を果たしたのだろう。そうだ。あんな顔をしている時は、いつも彼女は自慢げに冒険譚を語ってくれるのだ。
報告としても聞くけれど、自慢げにもったいぶって、楽しそうに語るその姿がわたくしはとても大好きだ。随伴する魔術師もアンナの任務の成功を報告してくれる。
「アンナ衛士任務達成との事です! 魔神確保......! 魔神確保との事です……! 魔王怪異との戦い、必ず乗りきれますぞお嬢様......!」
「ええ、わたくしたちは必ずやり遂げます……!おかえりなさい、アンナ! 無事で、本当に無事でよかった! 大きい怪我はない!? ミリアは今向こうでの戦いが終わって、こっちに戻ってきている所。魔神召喚任務......本当にありがとう......! ご苦労様でした!」
「えっへっへー☆ お礼はいずれ物理的なもので払ってもらうんだからねえ♡」
緊張の糸が切れたせいか、これで王都の事やまだ討伐の済んでいない魔王怪異の事にも気を向ける事が出来る。なんでも現在、王都では「ライヘンバッハの塔」なる奇怪な建造物の誕生であったり、ダンテ王子がそこで死闘を続けているとの事であり、これも早急に会議にかけねばならないだろう。
そんな事に意識を割いていると、ふとアンナが深刻そうな顔でわたくしを見つめてきた。どうしたのだろう? まさか魔神の事で問題があったのだろうか。魂に深刻な呪詛をかけてくる様なタイプだったりしたのか......? 背筋が急に冷えてくる。そんな、わたくしの心を知ってか知らずか、アンナはゆっくりと口を開けた。
「あのね? 魔神に関しては......確かにあたしは確保しました。アンナさん、がんばっちゃいましたし。封印遺跡内引っ掻き回して......こう見つけたんです。本当よ?
今、ちょうど向こうで医療術師が念のために検査している所だから、そこは絶対。でも……ええと、ちょっと一応、聞いておきたい事があって。フィーナ......その、良い?」
「フォレストの者は魔王怪異との戦いの先駆けです。大概の事には驚かない自信がありますよ。大丈夫、わたくしにお話ししてください?」
「えっと......そう? じゃ、じゃあ遠慮なく話すけど……いや、遠慮はするんだけど。あのさ、バッタ人間みたいな......魔神だったんだよね。こう、黒いボディと真っ赤な目をして、お腹がピカピカってなるの」
昆虫人間型の魔神。お腹のピカピカは良く分からないが、前例はないわけではない。ただ、彼女がそこに戸惑う理由が腑に落ちない。しかし、アンナが不安に思っているならそれを取り払わねばと思い、わたくしは、太鼓判を押すように告げた。
「それ自体は前例がないわけじゃありません。それは貴女も知っていると思うのですが。もしかして他に何か変わった部分が……?」
アンナは息をゴクリと飲み込んで、「前例がないわけじゃ......そう......なのかな」と呟き、わたくしに続けた。
「ええと......強かったよ? 途中で人型の魔王怪異の上位種らしいのとも戦って、アイツのおかげで……テツヲって言うんだけどね。勝つには勝ったんだけど……
――『脳髄を何者かに弄り回されつつ、少女と睦合いを展開し、目の前で友人がNTRれ「らめえ☆」とか言われる光景にウットリする事を常日頃から脳内で妄想しながら町を歩く性癖を有する』―
みたい......なんだよぉ……?(汗)」
「え」
「しかも戦う最中には……
――『佐枝何某というらしいお気に入りの少女と、1人2役で脳内会話を展開しつつ、それが続くにつれ人格が乗っ取られていくっぽくて。時折バッグで叩くとかが必要っぽい』――
......なんだぁ……」
「え、え......?」
「しかもシックストーンフラッシュとかいう謎の技を使うんだけど……使われると脳内に、情事なんだか猟奇なんだか良く分からない佐枝何某とテツヲの2人だけの、イチャラブ空間でガンガン正気が削られていって......最後に魔王怪異をムシャムシャ食べるの!?(ガタガタ)」
アンナは怯えているというよりは、恥じらいつつも怯えつつ、理解に苦しむ顔で悶絶していた。実はコッソリ瘴気に侵されていないかも見たのだが、大丈夫な様なので、これは正気の報告なのだと思う。
「か、会話は通じるし。思っているよりもずっと穏当な性格では......あると思う。テッキリ変態性癖なんかあるんじゃないかと思っていたけど、その心配は......バッタ人間同士じゃないと発情しないとかだから、大丈夫っぽかったんだけど。
で、でも……最後に......人間型のマッパになって……! それであの、男の子のアレって......ええと、光のオーロラに包まれていて、今も消えてないんだ……けど!? 男の子の股間って光るものなの!? それとも、アレはバッタがあたしを見て、そのなんかエッチな事を考えて......珍......進化......したのかなあ!?」
......とりあえず、魔神本体を見てから結論は出そうとわたくしは、固く思いました。ミリア......ええと、あとどの位で戻ってくるのでしょう……?




