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悠久の慈愛―神代残響―  作者: 月見


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12/19

二章 五話 月読

再会後の夜。

和華奈は眠れない。

父との再会、そして、説明された“真実”あまりにも情報量が多すぎて、頭が整理しきれなかった。

聞きたいことは山ほどあった。

だが、質問を重ねるほど現実感が薄れていく。

だから最後には、


『少し整理する時間が欲しい』


そう伝えて、店を出た。

夜はもう深い。

窓の外では、街灯が濡れたアスファルトをぼんやり照らしている。

数時間前に降っていた雨の名残で、道路はまだ黒く光っていた。

遠くを走る車の音が、ときおり静寂の隙間を埋めるように流れていく。

けれど、和華奈の心は少しも落ち着かなかった。

ベッドに横になっても、瞼を閉じても、今日聞かされた話が頭の中を何度も巡る。


・・・・・・父は、生きていた。

その事実だけでも十分すぎるほど衝撃だった。

幼い頃の記憶を探る。

父に肩車された記憶、海辺で手を引かれた記憶、けれど顔だけが思い出せない。

写真の中の男と、今日会った男が繋がらない。

和華奈はスマートフォンを手に取った。

連絡先『父』登録したばかりの名前、画面を見つめる。

何か送りたい。

けれど言葉が見つからない。


『生きていてくれてありがとう』


結局何も送れず、画面を閉じた。全然気持ちの整理ができない。

久遠の顔が浮かぶ。

父と再会できたのは久遠のおかげだった。

六年前、突然消えた人。

もう二度と会えないと思っていた人。

なのにまた目の前に現れた。

それだけなのに、胸の奥が少しだけ苦しい。

再び、私の前に現れる意味を考えたら合理的だと感じる。

久遠の顔を思い浮かべると、胸の奥が少しだけ温かくなる。

嬉しい・・・・・・素直に感じているのだった。


今度、久遠にあったらどんな顔したらいいんだろう。

何を話しかけたらいいのだろう。

和華奈は眠れない夜も、過ごしていた。








同時刻。


その頃、東京では・・・・・・

月の一族が所有する高級ホテル、最上階特別区画。

最上階のフロアには人の気配がなかった。

従業員ですら許可なく入れない。

その一室で、月読はグラスを静かに揺らしている。

琥珀色の酒、氷が小さく鳴る、その音だけが、広い部屋に静かに響く、月読は、一見すると久遠によく似ていた。

ただし印象はかなり違う、久遠がどこか柔らかく、かわいらしい雰囲気を纏っているのに対し、月読は冷たい月光を思わせる美しさを持っていた。

切れ長の赤い瞳、銀色の髪、整い過ぎた顔立ち。

人ではないものが、人の姿を真似ている。そんな錯覚すら覚える。

月読がグラスを置く。

その瞬間、室内の空気が僅かに張り詰めた。

誰もいないはずの部屋で、まるで何かが息を潜めたようだった。

その向かい側、ソファへ腰掛けた久遠は、窓の外を眺めていた。

月読の足元には、まだ開き切っていない黒いトランクケースが置かれていた。

世界中で発現する異常、暴走する一族、隠蔽される怪異。

月読一族は、それらを『存在しなかったこと』にし続けている。

長旅から戻ってきた月読に、久遠が会いにきていた。

久遠は窓の外を見たまま、しばらく動かなかった。


「月読、無事帰国したんだね、よかった」


久遠が淡く笑う。

月読は短く息を吐いた。


「・・・・・・結局、一人処理した、今回も未熟な若者だった」


最近はこういう案件ばかりだ。

その言葉に、久遠は驚かなかった。

むしろ、予想していたような静かな反応だった。

月読は目を閉じる。

脳裏に浮かぶのは、異国の夜だった。

燃える建物、悲鳴、血の匂い、炎の向こうで青年が笑っていた。

足元には焼けた死体。

青年は言った。


「俺は神だ」


月読は瞬時に、青年の首を刎ねた。

焼け落ちる廊下の向こうで、人々が逃げ惑っていた。

自分は選ばれた存在だ、凡人とは違う、法律も倫理も、自分には関係ない。

そう思い始めた時点で、もう止まれない。


「・・・・・・この国の血族と違って、抑制の教育を受けていなかった」


久遠が静かに言った。


「説得も難しかったか、聞く耳を持ってなかった」


月読の声が低くなる。


「あの目を何度も見てきた」


神になったつもりの目、力に酔い他者を見下し、自分だけは許されると信じ込む目。


「今回も大勢死んだ」

「・・・・・・本当は辞めたいのではないの?」


久遠が小さく呟く。

月読は苦笑した。


「今さらだな」


久遠は昔から変わらない。誰より長く生き、誰より多くの死を見てきたくせに、未だに人間へ情を抱いてしまう。

それが弱さでもあり、同時に、久遠という存在の核でもあった。

しばらく沈黙が流れ、やがて月読が口を開いた。


「健吾の娘、和華奈は、そろそろ直接管理下に置くべき時期なのでは?」


その言葉で空気が変わる。

久遠の視線が静かに動いた。


「健吾が嫌がってる。普通の人生を望んでた」

「愚かだな」


即答だった。だが声音は、そこまで冷たくない。


「だが・・・・・・親心としては理解できる」


月読は窓の外を見る。普通に生きる、それは彼らにとって、最も難しい願いだった。

血が濃ければ濃いほど、異常は表に出て、老化しない、身体能力が異様に高い。感覚が鋭く、時には、妖術そのものが発現する。

隠し通すには限界がある。久遠は静かに目を伏せた。

大学時代の和華奈を思い出す。

講義後、くだらない雑談をした日々、カフェでレポートに文句を言っていた顔、夕暮れのキャンパス、何も知らず笑っていた彼女。

あの時間は、久遠にとっても穏やかなものだった。


「普通に生きてほしかったんだろうね」


ぽつりと呟く。

月読は静かに頷いた。


「大学の監視報告を見た」


月読の赤い瞳が僅かに細くなる。


「感情変化に連動して、周囲温度が落ちている。おそらく無意識発現だ」


久遠は驚かなかった。

月読なら、すでに調べていると思っていた。


「やっぱり監視してたんだ」

「当然だ、放置すると思うか?」


月読は淡々と言う、責めるような口調ではない、それが役目だからだ。


「では直接管理下に置かなくては」

「まだ確定してないよ」

「しかし久遠、老化現象もおきていない」


月読の声が少し低くなる。


「二十代前後で時間が止まっている人間など、普通の生活で隠し切れない」


和華奈自身も薄々、周囲との違いに気付き始めている。真実へ近づくのは時間の問題だった。


「・・・・・・あの子は私に任せてほしい」

「許可できるとでも?」

「責任は取るよ」

「何が起きたら最悪の場合は処理はする。これからも和華奈には監視を続けます」


久遠はただ黙って聞いていた。

月読はしばらく黙っていた。やがて、ふっと笑う。


「あの娘を見ているとナミ・・・・・・母上を思い出す。よく似ている。」

「確かにナミにそっくりだ」

「健吾といい、和華奈といい・・・・・・本当に甘いですね、久遠は」


だがその声音には、長年連れ添った者に向けるような親しみが滲んでいた。


「私は月読にも甘いよ」

「まあ、久遠らしいのだけど」


久遠は苦笑する。


「ごめん。面倒かける、月読」

「今さらだ」


月読は再び酒を口に運ぶ、窓の外では、巨大な都市が眠らず輝いている。

人間達は何も知らない、この世界の裏側で、数千年もの間、誰かがずっと、『異常』を管理し続けてきたことを・・・


グラスの氷が静かに鳴る。

月読は東京の夜景を見下ろした。

光は美しい。

だが光が存在するためには、誰かが闇を歩かなければならない。

何千年もそうだった。

そして明日もまた、自分が歩く。

誰にも知られないまま。


ここまでお読み頂き、ありがとうございます。


流行りのジャンルでも、激しい格闘ものでもない作品ですが、テーマを出来るだけ伝えられるよう頑張っていきます。


もしよろしければ、反応いただけると執筆の励みになります。


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