第7話 嘘をついているのはどちらか
その日は二人同時に来た。
三十代の男と、二十代の女。二人は互いを知っていた。顔を見た瞬間、両方の表情が固まった。
「どうぞ、二人とも座ってください」
二人は一瞬迷って、距離を置いて座った。
男の名は上野誠。女の名は桐島奈緒。二人は元交際相手だった。
上野の主張はこうだ。別れた後、奈緒が自分の職場に嘘の情報を流した。上野が取引先の金を横領しているというデマだ。職場で調査が入り、現在自宅待機を命じられている。
奈緒の主張はこうだ。別れた後、上野が自分のSNSに不特定多数の個人情報を晒した。奈緒の友人数人の住所と電話番号が投稿され、すでに嫌がらせの電話が来ている。
「二人とも、相手が先にやったと言っている」
「そうです」二人が同時に言った。
ちひろがノートに書いた。どちらが先か。
「上野さん。職場に情報が入ったのはいつですか」
「二週間前です」
「桐島さん。SNSに情報が投稿されたのはいつですか」
「三週間前です」
草薙が白板に日付を書いた。
「上野さん。SNSの投稿はあなたがやりましたか」
「やっていません」
「桐島さん。職場への通報はあなたがやりましたか」
「やっていません」
二人とも、目が動かなかった。ちひろには、どちらが嘘をついているか分からなかった。
「上野さん。SNSのアカウントを見せてもらえますか。本人のものと、投稿されたと言われているアカウント両方」
上野がスマートフォンを出した。草薙が画面を見た。アカウント名を確認した。投稿日時を確認した。
「桐島さん。職場への通報はメールでしたか、電話でしたか」
「会社のメールフォームに送られてきたと聞きました」
「送信元のアドレスは」
「フリーのアドレスだったそうです。名前は上野誠という名前で」
「草薙さん」ちひろが小声で聞いた。「どっちですか」
「まだ分からない」
「え、珍しいですね」
「情報が足りない」
「二人に聞きます。別れた理由を教えてもらえますか」
上野と奈緒が同時に相手を見た。
「上野さんから」
「奈緒が突然連絡を絶ちました。理由を聞いても答えなかった」
「桐島さん」
「上野さんが、わたし以外の人と会っているのを見ました。本人に確認したら否定した。信用できなくなりました」
上野の顔が変わった。
「それは友人だ。何度も説明しようとした」
「連絡を絶ったのはそっちです」
「絶ってない、無視されてたんだ」
声が大きくなった。草薙が手を上げた。二人が止まった。
「分かりました」
ちひろはその声を聞いて、草薙が答えに着いたと分かった。
「SNSへの投稿をしたのは上野さんです。ただし、職場への通報は上野さんではない」
上野が立ち上がりかけた。草薙が続けた。
「SNSの投稿アカウントは作成から三週間。投稿はその日だけ。その後動いていない。感情的になった人間が衝動でやった痕跡です。ただし職場への通報は本名を使っている。感情的になった人間は本名を使わない。目立ちたくないからです。つまり別の人間がやった」
「別の人間、というのは誰ですか」ちひろが聞いた。
「桐島さん。あなたがSNSの投稿を見て、同じように上野さんを傷つけようとした。でも本名を使ったのは、証拠を残すつもりがなかったからではなく、上野さん本人が送ったように見せかけるためでした」
奈緒が下を向いた。
「上野さんのSNS投稿は許されない。ただ桐島さんのやったことも同じです」
しばらく誰も喋らなかった。
「二人とも、警察に相談することを勧めます。探偵にできることはここまでです」
二人が帰った後、ちひろは白板を消した。
「草薙さん。二人とも悪かったんですね」
「そうなる」
「依頼料はどうするんですか。二人からもらうんですか」
「両方断った」
「え。無料ですか?」
「どちらかから受け取る気になれなかった」
「草薙さん。今月の光熱費、払えますか」
「来月まとめて」
「また来月! 家賃もまだ一ヶ月分残ってますよ!」
「大丈夫だ」
「何が大丈夫なんですか。次の依頼のなんとなく、ですか」
「そう」
「うち、草薙さんの財布の中身が怖くて見られませんわ」
草薙が財布を取り出した。開いた。
中にレシートが三枚入っていた。現金はなかった。
「草薙さん」
「なんとなく、次の依頼が来る」
「その前に腹が減りますよ!」
草薙は財布を閉じて、ポケットに戻した。窓の外はもう暗かった。商店街の灯りが遠くに見えていた。
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