第6話 完璧なアリバイの穴
男が入ってきた。スーツに安くない生地を使っている。顔に血の気がない。
「わたしが疑われています。会社の金庫から現金が盗まれて」
「警察に」
「社内で処理しようとしています。ただ、上司がわたしを犯人だと思っていて。クビになる前に、本当の犯人を見つけてほしい」
依頼人の名は中村哲。商社に勤める経理担当だ。三日前の夜、会社の金庫から現金二百万円が消えた。中村は残業していたが、盗難が起きた時間帯に離席していた。トイレに行っていたと言っているが、証明できない。他に社内に残っていたのは同僚の松田一人だった。松田は終日自席にいたと複数の監視カメラが記録していた。
「カメラが記録していた、というのは具体的に」
「入退室管理のカメラです。松田は午後六時から十時まで、自席フロアのカメラに四十分おきに映っていました」
「四十分おきに、規則正しく」
「そうです」
草薙が白板に書いた。四十分おき、規則的、カメラ。
「金庫のある部屋とカメラのあるフロアの距離は」
「歩いて三分ほどです」
「金庫を開けるのにかかる時間は」
「暗証番号を知っていれば一分もかかりません」
「松田さんは暗証番号を知っていましたか」
「経理部員は全員知っています」
「会社に行けますか。カメラの映像を見たい」
会社のビルに入ったのは夕方だった。中村の案内で監視カメラの映像を確認した。草薙は映像を三回見た。ちひろも横で見た。
「草薙さん。四十分おきにきっちり映ってますね。まるで時計みたいに」
「そう。自然じゃない」
「人間って、そんなに規則正しく動きませんよね」
「普通はな。これは意識してカメラの前を通ってる」
「アリバイを作るために」
「そうなる。三分で往復できる。四十分あれば余裕だ」
ちひろがモニターを指さした。
「草薙さん。四十分おきに映るたびに松田さんの姿勢が全部同じに見えるんですけど」
草薙の目が静かになった。
「タイムコードを見せてもらえますか」
映像の右下に時刻が表示されていた。草薙はそこを指さした。
「午後六時四十二分と、七時二十二分。秒数が同じだ」
「あ」ちひろが画面に近づいた。「本当や。四十二秒と四十二秒」
「全部確認してみろ」
ちひろが全てのコマを確認した。四十分おきに映る映像、全てのタイムコードの秒数が同じだった。
「あり得ないですね。四十分おきに偶然同じ秒数に通り過ぎるなんて」
「ループ再生だから秒数が揃う。始業時の映像を切り取って、四十分おきに流した。タイムコードだけ書き換えたが、秒数まで変えていなかった」
ちひろが口を開いた。
「それ、戦隊もので見たことありますわ。敵が偽の映像を流して基地に侵入するやつ」
中村が怪訝な顔をした。草薙は気にしなかった。
「でも草薙さん。タイムコードの秒数まで気にする人、普通おらへんと思いますけど」
「完璧に見えるものほど、見えていない部分に穴がある」
松田の自席は廊下の突き当たりにあった。草薙と中村とちひろが近づいたとき、松田はこちらを見た。一瞬で状況を察した顔をした。立ち上がった。
「待ってください」中村が声をかけた。
松田が走った。廊下を抜けて非常階段へ向かった。草薙が後を追い、ちひろも走った。
非常階段の踊り場で松田が振り返る。手すりを掴んで草薙を蹴ろうとした。右足が伸びてきた。草薙は半歩外にずれた。蹴りが空を切った。
松田の軸足が一瞬だけ不安定になった所を草薙はその瞬間に踏み込んだ。松田の右手首を両手で取った。内側に折り込みながら体を入れ替えた。松田の体が壁側に向いた。そのまま手首を背中に回した。
松田が動けなくなった。壁に額がついた。
「離せ」
「話を聞かせてもらいます」
ちひろが松田の後ろに立った。逃げ道を塞いだ。草薙はゆっくりと圧を抜いた。松田の体から力が抜けた。
その場で松田は話した。中村との昇進をめぐる対立。金を盗みながら中村を失脚させる。全部自分で考えたことだった。
帰り道、ちひろが歩きながら言った。
「うち、映像の姿勢に気づいたの、ちょっと貢献できましたよね」
「助かったよ」
「草薙さんが素直に言うと逆に怖いですわ」
「なんで」
「普段が素直やないから」
「俺はいつも素直さ」
「家賃を忘れる人が素直って言いますか」
「それは別の話だ」
「同じですよ!」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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