第5話 鍵のかかった部屋の嘘
依頼人は開口一番こう言った。
「兄が、密室で死んでいました」
ちひろはペンを持ったまま固まった。草薙はあくびをする。
「警察は」
「自殺と判断しました。でも、兄は絶対に自殺しません」
依頼人の名は藤堂礼。二十代後半の女性だ。兄の藤堂悟は三日前、自宅マンションの一室で死亡しているのを発見された。部屋の鍵は内側からかかっていた。窓も全て施錠されていた。睡眠薬の過剰摂取。遺書はなかった。
「遺書がないことは、警察は」
「必ずしも他殺の証拠にはならないと言われました」
「兄が自殺しないと思う理由は」
「来月、結婚する予定でした。先週、指輪を買ったばかりで」
「婚約者は」
「今も連絡が取れない状態です」
草薙が白板に書いた。密室、睡眠薬、婚約者、連絡不通。
「部屋の鍵は何本ありましたか」
「二本です。一本は兄が持っていて、もう一本は管理会社に」
「管理会社の鍵は」
「確認しましたが、保管されていました」
「ドアの鍵の種類は」
「普通のシリンダー錠です。サムターンがついています」
草薙がちひろを見た。
「サムターンって何ですか」ちひろが礼に聞いた。
「内側から手で回すつまみです。鍵がなくても内側から施錠できる」
「あ、よく見るやつですね」
草薙が立ち上がった。
「現場を見せてもらえますか」
六畳の1K。ドアの郵便受けの口は横長で、縦に五センチほどある。草薙はドアの前にしゃがんで、郵便受けの口を指で開けた。中を覗いた。
「草薙さん、何してるんですか」
「確認してる」
「何を」
「隙間の大きさ」
草薙が立ち上がった。部屋に入った。ドアのサムターンを見た。つまみの大きさ、郵便受けの口からの距離を目で測った。
「礼さん。兄の部屋にひもやテープの切れ端はありましたか。発見時に」
「警察からは聞いていません。でも、発見したのがわたしで、玄関に細いひもの切れ端が落ちていました。ゴミだと思って捨ててしまいましたが」
ちひろが礼を見た。草薙はドアの前に戻っていた。
「分かりました」
「何が、ですか」
礼の声が少し震えた。草薙が振り向いた。目が静かだった。
「密室の作り方です。細いひもをサムターンのつまみに結ぶ。郵便受けの口からひもを外に出しておく。ドアを閉めた後、外からひもを引いてサムターンを回す。施錠できる。その後ひもだけ引き抜けば、密室の完成です」
礼が息を飲んだ。
「つまり、外から鍵をかけることができた」
「できた。郵便受けの口の大きさとサムターンまでの距離が合えば」
「誰がやったんですか」
「婚約者を探す必要があります」
帰り道、ちひろは草薙の隣を歩いた。
「草薙さん。郵便受けとサムターンの距離、目で測ってましたよね」
「うん」
「合ってましたか」
「ぎりぎり届く」
「実際に試したわけやないのに断言できるんですか」
「できる」
「草薙さんって、自分の感覚を疑わないんですね」
「外れたことがない」
「それが一番怖いんですよ」
「俺もそう思う」
「自覚あるんかい」
翌日、礼から連絡が来た。婚約者の行方が分かった。婚約者は悟が多額の保険金をかけていたことを知っていた。警察が動いた。
礼からの礼金が振り込まれた。
夕方、道場に戻ると電気が消えていた。草薙が鍵を探し始めた。上着のポケット、ズボンのポケット、鞄の中。全部空だった。
「草薙さん、鍵ないんですか」
「どこかに」
「密室の作り方は分かるのに、自分の鍵はなくすんですか」
「それは別の話だよ」
「全然別やないですよ!」
ちひろが道場の鉢植えの下を見た。鍵があった。
「なんでそこに」
「なくしたとき用に置いてる」
「それをスペアキーと言うんですよ。なくす前提で隠してるんですか!」
草薙は鍵を拾って、何事もなかったように中に入った。
ちひろは呆れたように、後を追った。
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