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『骨法探偵 草薙仁』 〜真実は歪みの中にある〜  作者: やはぎ・エリンギ


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第42話 警察を名乗る声

依頼人は七十代の女性で、警察から電話があってお金を振り込んだが後で偽物だと分かったと言い、声がとても小さかった。

「警察の方が、わたしの口座が、犯罪に使われていると。このままだと逮捕されると言われて。資産を保護するために、指定の口座に移してくださいと」

依頼人の名は今井節子で、二百万円を「安全な口座」に振り込んでいた。電話の相手は、警察手帳の番号まで名乗り、後から本物の警察官の声と聞き比べても、区別がつかなかったという。

「電話の声、録音は、ありますか」

「留守番電話に、少しだけ、残っています」

草薙が音声を聞いた。ちひろも聞いた。落ち着いた、信頼できそうな男の声だった。

「あなたの口座が、振り込め詐欺の資金洗浄に使われています。至急、保護の手続きが必要です」

声は、淀みなく、丁寧だった。

「草薙さん、本物の警察みたいですわ。喋り方も、ちゃんとしてて」

「息継ぎを聞いて」

「息継ぎ、ですか」

「人が喋るとき、文の途中で息を吸う場所には、癖が出る。この声は、息を吸う場所が、毎回きっちり、同じだよ」

「それの、何がおかしいんですか」

「人間の息継ぎは、その日の体調や、緊張で、少しずつ変わる。これは、変わらなすぎる。同じ間隔で、機械みたいに息を吸ってる」

ちひろが、もう一度、音声を聞いた。確かに、息継ぎの位置が、毎回同じだった。

「機械が作った声、ってことですか」

「合成された声の可能性があるよ。最近は、本物の人の声を少し録音すれば、別の言葉を喋らせることができる。元になった声は、本物の警察官の会見か、何かかもしれない」

今井が、両手で口を覆った。

「では、本物の警察では、なかった」

「警察は、電話で口座にお金を移せとは、言いません」草薙はゆっくり言った。「それだけ、覚えておいてください。どんなに本物らしくても、お金を動かせと言われたら、それは偽物です。逮捕するぞと脅すのも、本物はやりません」

「わたし、怖くなって、つい」

「怖がらせるのが、手口ですよ」ちひろが言った。「冷静に考える時間を与えないように、急かすんです。今すぐ、今すぐ、って」

今井が、何度も頷いた。

草薙は、振込先の口座と、電話の発信記録を、所轄に渡した。発信は、国際電話を経由していた。海外の拠点から、かけられていた。

「ちひろ、この拠点の手口、前にもなかったか」

「うちのメモやと、前の投資詐欺と、口座の集め方が、そっくりですわ」

「同じ人間が、複数の詐欺を、回してる」

「手口は違うのに、裏が同じ、ってことですか」

「そうなりつつある」

節子のお金は、戻らなかった。ただ、節子は、近所の高齢者の集まりで、自分の体験を話すと申し出た。

「わたしみたいな人を、減らしたいので。恥ずかしいけど、話します」

「それが、一番、効きます」草薙が頭を下げた。

「警察の人より、わたしみたいな、実際に騙された人間が話す方が、みんな、自分のことだと思って、聞いてくれるかもしれません」

「そうですね」ちひろが言った。「うちが学校で『気をつけて』って言うより、騙された人が話す方が、ずっと、心に残ります」

節子が、少しだけ、背筋を伸ばした。お金は戻らなくても、できることがある、という顔だった。


その後、犯人グループは、節子にもう一度、電話をかけてきた。振り込んだ二百万では足りない、自宅にある現金も犯罪に巻き込まれる恐れがあるので、職員が直接、預かりに伺う、と。今度は、現金の手渡しを、狙ってきた。一度成功した相手に、二度目を仕掛けるのは、よくある手だった。

節子は、もう気づいていた。すぐに、本物の警察に通報した。約束の時刻、受け子が、節子の家に現れた。本物の警察が踏み込む前に、玄関先で、草薙が立ちはだかった。

受け子が、体当たりしてきた。草薙は半歩引いて、突っ込んできた相手の鳩尾に、掌底をすり込むように当てた。表面でなく、奥に響かせる打ちだった。受け子が息を詰めて止まった瞬間、草薙が手首を取って、外側に返した。小手返しで、受け子が膝をついた。

ちひろが、背中側から腕を固めた。

「もう、逃げられませんよ」

受け子は、まだ若い男だった。震えていた。

「俺、ただ、封筒を受け取るだけだって」

「それが、受け子だよ」草薙が言った。

帰り道、ちひろが言った。

「草薙さん、声まで作られたら、もう何を信じたらええんですか」

「声の中身じゃなくて、言ってる『お願い』を見ればいいよ。お金を動かせ、誰にも言うな、今すぐやれ。この三つが出たら、本物かどうかは関係なく、止まる」

「中身やなくて、構造を見るんですね」

「そうだよ。声は化けるけど、要求の形は、化けないよ」

「草薙さん、それ、お年寄りに伝わるように言わなあきませんね」

「『電話でお金の話が出たら、切って、家族に聞く』。それだけでいいよ」

「短いの、ええですわ。覚えやすい」

「長い説明は、覚えられない。怖いときは、なおさらだ」

「草薙さん、それ、自分が説明下手なのを、棚に上げてませんか」

「上げてないよ。短く言うのは、得意だよ」

「短すぎて、伝わらへんこともありますけどね」

「それは、ちひろが訳すよ」

「うちの仕事、増える一方ですわ」

ちひろが、メモ帳に『電話+お金=切る』と書いた。今井に渡すための、覚え書きだった。


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