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『骨法探偵 草薙仁』 〜真実は歪みの中にある〜  作者: やはぎ・エリンギ


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第36話 二人乗り

 市の北部、大通り沿いで、自転車を使った窃盗事件が続いていた。


 被害者は四人。


 いずれも女性で、鞄を引かれて転倒し、軽い怪我をしている。


 所轄から、内々に映像が回ってきた。


 夜。


 事務所で、ちひろと動画を確認する。


 画面の中では、自転車の男が片手運転のまま、すれ違いざまに鞄へ手を入れていた。


 ちひろが映像を止める。


「草薙さん、これ、おかしないですか」


「何が」


「ひったくりにしては、自転車が遅いですわ」


 俺は映像を巻き戻した。


 被害者の転び方を見る。


 鞄を引かれて倒れた動きじゃない。


 後ろ足が、不自然に流れている。


「後ろだね」


 ちひろが画面を拡大した。


「もう一人いる」


 自転車のすぐ後ろ。


 歩道側に、同じ方向へ歩く男が映っていた。


「徒歩の方が、本命ですやん」


「そうだね」


 所轄が周辺映像を洗い直した。


 すると四件すべてで、自転車の男の近くに同じ人物が映っていた。


 歩行側の男が、被害者の足を引っ掛けて転倒させる。


 自転車は、その混乱で鞄の中身を抜く囮役だった。


 二人は大学時代の知り合い。


 どちらも生活が苦しく、最近は日雇いを転々としていた。


 所轄は泳がせた。


 その夜。


 俺たちは、次の犯行地点を予測して張り込んだ。


 被害者役は、私服の女性警察官。


 ちひろは地図アプリを見ながら、小さく言う。


「四件とも、逃げる交差点が一緒ですわ」


「よく見てる」


「地図見るの好きなんです」


 午後十一時。


 大通りの向こうから、自転車の男が現れた。


 少し遅れて、歩道側をもう一人。


 女性警察官とすれ違う、その瞬間。


 徒歩の男が、後ろ足へ引っ掛けを入れようと踏み込む。


 俺は植え込みの影から出た。


 男の肩へ、右手を置く。


 踏み込む方向だけを止める。


 男の重心が半身へ崩れたそのときに、鼠径部の少し内側へ、膝を短く入れる。


 男は足から力が抜け、膝から落ちた。


 俺はそのまま手首を取り、地面へ伏せさせた。


「動かないで」


 その時。


「草薙さん、逃げます!」


 ちひろの声。


 自転車の男が速度を上げていた。


 相棒が捕まったのを見て、大通りへ抜けようとしている。


 ちひろはもう走っていた。


 信号前。


 男がわずかに減速する。


 そこへ、ちひろが横から飛び込んだ。


 男の右腕を両手で掴む。


 自分の体重を後ろへ引く。


 ハンドル操作を失った自転車が、縁石へ乗り上げた。


 男ごと横倒しになる。


 男はすぐ立ち上がろうとした。


 拳が飛ぶ。


 ちひろは右肘を立て、拳の軌道を上から潰した。

 肘ブロックし、そのまま手首を取る。


 腕を頭上へ流す。


 ちひろ自身が、男の腕の下へ半回転で潜り込んだ。


 男の肩と肘が、自分の関節の限界方向へ引かれ、体ごと持っていかれた。


 半円を描くように、背中から地面へ落ちる。


 四方投げ。


 ちひろは、そのまま手首を膝で固定した。


「うち、走るの速いんですわ」


 息を切らしながら言う。


 所轄が駆け込んできた。


 二人は犯行を認めた。


 動機は金だった。


 奨学金。


 家賃。


 生活費。


 囮役と実行役を入れ替えながら、四件を繰り返していた。


「なんとか食うしかなかったんです」


 一人が、所轄でそう漏らした。


 事務所へ戻る。


 ちひろがノートを閉じた。


「今日の二人、悪いことしてましたけど」


「うん」


「なんか、嫌な感じの悪党ではなかったですわ」


「そうだね」


 少し沈黙が落ちる。


 ちひろが窓の外を見た。


「もし、あの二人が、整える側に見つかってたら」


「別の事件に使われてたかもね」


「……そっちの方が嫌ですわ」


 俺は答えなかった。


 夜の大通りを、車のライトだけが流れていた。

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