表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『骨法探偵 草薙仁』 〜真実は歪みの中にある〜  作者: やはぎ・エリンギ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/43

第35話 完成した腕

市内で、奇妙な連続刺傷事件が続いていた。


 四週間で、被害者は二十人。


 いずれも腕の外側を浅く切られただけの軽傷で、年齢も地域もバラバラ。財布を取られた者もいれば、何も盗まれていない者もいた。


 所轄は、無差別通り魔として捜査を進めていた。


 だが、二十一件目で空気が変わった。


 被害者は四十代の女性。


 怪我は重傷だった。


 腕の内側を深く切られ、動脈をかすった。緊急手術で命は取り留めたが、退院まで時間がかかる、と。


 翌日。


 その女性の夫が、事務所を訪ねてきた。


 五十代。


 市内で会社を経営している男だった。


 落ち着いた話し方だったが、目だけが疲れていた。


「妻のことで、お願いがあります」


「どうぞ」


 ちひろが学校から戻ってきて、横の椅子へ座った。


 制服姿のまま、携帯の録音を起動する。


「助手の七草ですわ」


「ご丁寧に」


 依頼人は深く頭を下げた。


「警察が動いていない、とは申しません。ただ……少し、捜査の進み方にもどかしさを感じまして」


「分かります」


 草薙が言う。


「それで?」


「半年前、会社内で対立して辞めた人間がいます」


 依頼人は、慎重に言葉を選んでいた。


「ただ、証拠はありません。私情で疑っているだけかもしれない」


「名前は」


「相沢です。元秘書でした」


 草薙は黙って聞いていた。


「最近、生活が荒れていたと聞きました。それ以上は……私にも分かりません」


「分かりました。依頼として受けます」


 依頼人は長く頭を下げ、帰っていった。


 扉が閉まる。


 ちひろがメモ帳を見ながら言った。


「どう思います?」


 草薙は少し考えた。


「傷の場所」


「はい?」


「二十一件目だけ違う」


「何がです?」


「外と中」


「だから説明を省略しないで下さい」


「他の二十人は腕の外側。奥さんだけ内側」


 ちひろが一瞬止まる。


「あ」


 メモ帳へ腕の図を書いた。


「外側を浅く切るのは、威嚇か、足止めの傷」


「うん」


「でも内側は違う。動脈が近い」


「うん」


「つまり二十一件目だけ、本気で殺しに行ってる」


「そういうこと」


 ちひろが地図アプリを開く。


「他の二十件、市内全域に散ってます」


 指が最後の一点で止まる。


「でも奥さんだけ、自宅から徒歩五分圏内ですわ」


「本命だけ生活圏」


「二十件は煙幕ですやん」


「うん」


「警察の認識を、“無差別通り魔”へ固定するための」


 草薙が小さくうなずく。


「本命だけ殺意を混ぜてる」


 所轄へ連絡すると、相沢という男はすでに参考人として名前が出ていた。


 だが証拠がない。


 退職後、職を転々としていたことしか掴めていなかった。


 さらに気になる情報があった。


「コンサルタント?」


 ちひろが聞き返す。


「うん。半年前から、誰かと接触してる」


「何の?」


「分からない」


「怪しすぎますやん」


 草薙は窓の外を見た。


「整えてる」


「はい?」


「事件の見せ方が、綺麗すぎる」


 ちひろが黙る。


「二十件を囮にして、一件だけ本命を混ぜる。普通の通り魔はこんな組み方しない」


「誰かが、設計してる」


「うん」


 数日後。


 依頼人の妻が退院する日を、あえて地元紙へ載せた。


 犯人が本命を仕留め損ねたなら、もう一度来る。


 草薙の読みだった。


「うち、こういうの戦隊で言うたら罠回ですわ」


「ちひろ」


「はい」


「戦隊から離れて」


「無理です」


 夜。


 住宅街は静かだった。


 草薙は塀の影へ立つ。


 ちひろは家の正面側。


 所轄も離れた位置で待機していた。


 夜十一時。


 路地へ人影が入る。


 黒い帽子。


 暗色のコート。


 右手だけ、妙に動きが硬い。


「来た」


 草薙が小さく言った。


 男が裏口へ近づく。


 右手がコートの中へ入った。


 次の瞬間。


 草薙は塀の影から踏み込んでいた。


 男の右腕の付け根へ、左肘を当てる。


 刃物の軌道が止まる。


 止まった瞬間。


 草薙の右手刀が、首筋へ斜めに切り落とされた。


 引き込み手刀。


 首の筋を骨ごと押し落とす。


 男の膝が崩れる。


 草薙はそのまま男の右腕を取った。


 手首を返す。


 肘を伸ばす。


 二教。


 関節が固定される。


「動かないで」


 男は長く息を吐いた。


「……早かったな」


 二十代後半。


 相沢本人だった。


 ちひろが駆け寄る。


 男の左腕を押さえ込む。


「うちの出番、とらんといて下さい」


「拘束頼む」


「最初からそう言うて下さい」


 所轄が到着する。


 相沢は全面自供した。


 生活苦。


 借金。


 会社への恨み。


 それらは事実だった。


 だが。


 計画そのものは、自分一人で考えたものではなかった。


「半年前、コンサルタントを名乗る男に会ったんです」


 取調室で、相沢はそう言った。


「最初は話を聞いてくれるだけでした。でも……気付いたら、ナイフの持ち方とか、人の止め方とか、教わってた」


「名前は」


「知らない」


「顔は」


「覚えてない」


 刑事が顔をしかめる。


「覚えてない?」


「特徴が、ないんです」


 相沢は震えた。


「ただ……最後に言われたんです」


 刑事は、その供述を草薙へ転送した。


『あなたの腕は、もう完成しております』


 ちひろがメモ帳を閉じる。


「気色悪いですわ」


「うん」


「半年かけて、人を作品みたいに作ってる」


 草薙は窓の外を見た。


「整えてるんだろうね」


「何のために?」


「そこがまだ見えない」


 夜の街には、まだ灯りが残っていた。


 誰かが、人を道具みたいに整えている。


 その輪郭だけが、少しずつ浮かび始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ