第29話 模倣の煙
二週間後、別の爆発が起きた。
今度は商店街の裏手にある、廃倉庫。深夜二時、誰もいない時間帯。被害は建物だけで、人的被害はなし。
俺がその事件を知ったのは、爆発の翌日、ちひろが新聞のスマホ版を見せてくれたときだった。
現場は当然、所轄が押さえている。爆発物の使用が疑われる以上、規模が小さくても、鑑識の出入りが終わるまでは民間人は近寄れない。
俺はちひろと事務所で、新聞記事を眺めていた。
「草薙さん、これ、似てません?」
「煤の写真がない記事で、何で似てるって思った」
「報道の文面の癖です。前の時と、書き手が同じ気がしますわ」
「同じ署名は」
「ないですわ。ない代わりに、爆発の規模を控えめに表現してるとこが、似てます」
「鋭いな」
「うち、新聞部、やっとったんで」
俺は記事をスクロールしながら、警察の知り合いに連絡を入れた。
検証はまだ続いている、と返事が来た。
ただ、押収品の写真だけなら、内々に共有してくれた。
「鑑識が引き上げて、現場が解放されたら、お前にも見せる。これも個人的な貸しだぞ」
「助かる」
ちひろが横で、メモ帳に何かを書きつけていた。
「うち、二週間前の現場と、今度の現場、地図上で結んでみたら、何か出てくるかもですね」
「やってみてくれ」
ちひろが地図アプリを開いて、二つの場所をマーカーで打ち、線で結んだ。
線の中央に、ひとつの交差点があった。
ちひろがその交差点を指でなぞって、苦笑した。
「中央すぎますわ」
「中央すぎる」
「偶然と違うって、こういう時に言うんでしたっけ」
「うん」
数日後、所轄から押収品の写真が、暗号化されたメールで送られてきた。
俺はそれを、事務所のモニターに開いた。
破片の写真。
プラスチック、紙、ねじ。爆発装置の残骸だ。
その中に、金属片が一つ写っていた。
工具で叩いた跡がある。小さな、月のような円弧の凹み。
俺はその凹みを、画面越しに何度も拡大して眺めた。
工具の刃が当たった角度、深さ。
二週間前に押収された装置の破片と、同じ工具の痕跡だ。
同じ工具で、同じ装置を組み立てた。完璧に同じ。
完璧に、同じすぎる。
俺は立ち上がって、ちひろを呼んだ。
「ちひろ、前回の装置の写真、警察にもらってる?」
「もろてますわ。データで」
「比べたい」
ちひろがスマホを操作して、二枚の写真を並べた。
工具痕の位置、深さ、角度。
完全に一致していた。
「同じ人間の仕事に見えるな」
「観察者は逮捕されてますやんか」
「だから、模倣だ」
模倣犯。
誰かが、観察者の手口を真似て、再現している。
ただ、これは普通の模倣じゃない。普通の模倣犯は、ニュースで見た情報をもとに再現するから、細部が必ずズレる。捜査機関が公開していない、装置の内部構造まで一致するのは異常だ。
工具痕の写真は、警察の押収品リストの中にしか存在しない。
誰かが、警察の資料を見ている。
あるいは、最初から、二人の犯人が同じ装置の作り方を知っていた。
「ちひろ」
「はい」
「観察者を逮捕した日、装置の組み立て方を教えた人間が、別にいたんじゃないかな」
「教えた、って……」
「観察者は、観察は天才だった。けど、爆発装置を組める手じゃなかった。指の動きで分かる」
ちひろは少し考え込んで、それからメモ帳を開いた。
「つまり、観察者にも、今回の模倣犯にも、装置を提供した人間が別におる、ってことですか」
「そう。多分」
その夜、俺は事務所に戻って、押収品リストの写真を眺めた。
工具痕の写真の右下、ほんのわずかに、布の繊維が一本写り込んでいた。
現場の煤に紛れて見落とされていたが、拡大すると分かる。
白い、絹のような繊維。
爆発装置の組立者が触れた工具に、付着していたのだろう。
布地として、現代の量産品ではない。手で織られた、古いものに見えた。
俺はその繊維のことを、しばらく考え込んだ。
現場に「自分の痕跡」をわざわざ残す犯人は、二種類しかいない。
ひとつは、残したいと思っている人間。挑発か、署名のつもりの人間。
もうひとつは、これを「別の方向に読ませたい」と思っている人間。
今回の繊維は、後者の匂いがした。
白い絹のような布を、わざわざ工具に絡めて持ってくる職人はいない。誰かが、わざと、そこに「絡まったように」配置した。
俺は警察の知り合いに電話を入れた。
「鑑識、その繊維を本格的に調べてくれてる?」
「悪い、今回は事件規模が小さいから、優先度が下げられてる」
「分かった、こっちで控えとく」
電話を切って、俺はちひろにメッセージを送った。
明日、近隣の手織りの工房を、一緒に回ってほしい。返信はすぐに来た。
『うちは大学生やないさかい、補習が終わってからになりますわ』
翌日、ちひろがスマホを見せに来た。
「草薙さん、模倣犯、捕まったみたいですわ」
「早いな」
「現場の近くで職質された男が、自白したそうです」
「自白?」
「はい。前回の事件のニュース見て、真似したくなった、って」
俺はスマホの画面を見つめて、首を振った。
「真似はしたかも知れないけど、装置は組んでないな」
「と言うと」
「工具痕を再現するには、本物の工具を知ってる必要がある。捕まった男に、その手があるかどうか」
俺は警察の知り合いに連絡を入れた。
数時間後、戻ってきた答えは、想定の通りだった。
逮捕された男の指、爪、皮膚に、工具を扱った痕跡は一切なかった。
男は廃材置場で働いていたことはあったが、精密な金属加工とは無縁の経歴だった。
取り調べでは、終始興奮した口調で、自分の犯行であることを訴えていた、という。
「俺がやったんすよ、本当に、いやその、ニュース見て、なんかね、頭の中で響いて」
男は、刑事に対して、繰り返しそう言ったという。
しかし、装置の構造について問われると、まったく答えられなかった。
「組み立ては……あの、その、教わったんで、その通りに、置いただけで」
「誰に教わった」
「……メールで」
男は、それきり、口を閉ざしたという。
誰かが、男に装置を渡した。
誰かが、男を「模倣犯」に仕立てた。
その誰かは、今のところ、捕まらない。
ちひろが、メモ帳を閉じながらつぶやいた。
「草薙さん、これ、嫌な感じですわ」
「うん」
「二回続けて、誰かが、絵を描いてはる気がします」
俺は事務所の窓から、夜の街を眺めた。
絵を描いている誰か。
その指の形が、観察者のノートの隅に写り込んでいたものと、もし一致するなら。
俺はその想像を、頭の奥にもう一つ仕舞った。
まだ、声に出すには早い。




