第23話 消された証拠
依頼人は二十代の男性で、事務所に入ってきた時から肩が強張っていた。椅子に座っても落ち着かず、膝の上で指先を何度も擦っている。
「会社で……パワハラを受けてます」
声が少し震えていた。
名前は原田慶太。入社三年目の会社員だという。
上司の石橋から暴言や長時間残業の強制を受けており、その証拠を残そうと録音していたが、録音データが次々と消えているらしい。
「録音データを保存していたUSBメモリもなくなってて……スマホの録音も消えてました」
「スマートフォンを見せてもらえますか」草薙が言った。
原田がスマートフォンを差し出す。
草薙は画面を確認すると、そのままちひろへ渡した。
ちひろは設定画面を開き、インストール済みアプリを確認していく。
「あれ」
「何かある?」草薙が聞いた。
「このアプリ、うち見覚えありませんわ。端末管理系のアプリみたいです」
ちひろは画面をスクロールした。
「インストール日が一ヶ月前になってます」
「原田さん、一ヶ月前にスマートフォンを誰かに触らせたことはありますか」
原田は少し考えた。
「石橋に、一回だけ渡したことがあります。業務の連絡先を入力するから貸せって言われて」
草薙は小さく頷いた。
「その時に入れられた可能性はあるね」
「草薙さん、このアプリ、外部から操作できるタイプやと思います。削除履歴も残ってますわ」
ちひろが画面を見せる。
「録音データが消えた時間と一致してるよ」
原田が顔を上げた。
「じゃあ……やっぱり」
「断定はまだできない。ただ、不自然ではある」
草薙はスマートフォンを机へ置いた。
「データは消えても、痕跡は残ることがある」
「痕跡……ですか」
「削除ログと、このアプリの存在だよ。隠そうとした行動そのものが証拠になる場合がある」
原田は黙ったまま画面を見つめた。
少しだけ表情が変わる。
草薙がちひろを見る。
「ちひろ、どう思う」
「うち、証拠が消えたら終わりやと思ってました。でも、消したいう事実そのものが残るんですね」
「そうなるよ」
「わざわざ消したいうことは、録音の内容を知ってて、残ったら困るってことですやろ」
「可能性としては高いね」
原田が小さく息を吐いた。
「俺、もう無理やと思ってました」
「削除ログは残ってる。労基へ相談するなら、その画面は保存しておいた方がいい」
「……はい」
原田の返事は、事務所へ入ってきた時より少しだけ力があった。
後日。
原田は労働基準監督署へ相談し、石橋は社内調査の対象になった。
帰り道。
ちひろが歩きながら言った。
「草薙さん、ないものを見るって感覚、うちも少し分かってきましたわ」
「どういうところが?」
「今日は、消えた証拠の代わりに、消したいう事実が残ってました」
「そうだね」
草薙は前を見たまま歩く。
「草薙さん、全部繋がってるんですね。うちが録ってきた話が」
「繋がってるよ。ちひろが記録してくれてるから、俺も振り返れる」
ちひろが少し笑った。
「それ、褒めてくれてます?」
「事実を言っただけだよ」
「事実って言い方が、ほんま草薙さんらしいですわ」
草薙は少しだけ笑った。
ちひろはそれを見て、またスマートフォンを向けた。




