第2話 出会い
その日の昼すぎ、草薙仁は道場の縁側で仰向けになって空を見ていた。
雲が一つ、ゆっくり動いている。他に何もない。それでいいと思っていた。
インターホンが鳴った。
草薙は目だけ動かしてモニターを見ると、制服姿の女の子が立っていて、カメラを確認してからまっすぐレンズを見ており、背筋が伸びて足の位置が安定していて道を歩いてきたとは思えない立ち方だった。
「草薙流骨法合気道場、ここで合うてますか」
「合ってます」
「入門したいんですけど」
草薙は少し間を置いてから起き上がった。
「入ってください」
道場に上がった少女は七草ちひろと名乗り、一蘭女子学園の一年生で、親の転勤でこの街に来たばかりだと言った。
「合気道をやってたんですけど、引っ越してきたら道場がなくて。近くで探してたらここが出てきて」
「段は」
「二段です」
「いつから」
「小学三年からやってます」
草薙はもう一度ちひろを見た。制服の袖の下、手首のあたりに薄い跡があり、稽古でついた跡で相当な回数投げられているのが分かった。
「今日、道着は持ってますか」
「持ってきました」
「着替えてきてください」
道着に着替えたちひろが道場に戻ってくると草薙はすでに中央に立っていた。
「最初に受け身を見せてください。前、後ろ、横、一回ずつ」
ちひろは前受け身、後ろ受け身、横受け身と続けて取り、音が小さく畳への馴染み方が自然だった。
「何年やってますか」
「七年です」
「組んでみましょう」
草薙がちひろの手首を取るとちひろは反応して体が動いたが、草薙の体はそれより先に動いていてちひろの重心が一瞬だけ浮き、気がつくと畳に転がっていた。
ちひろは起き上がって草薙を見た。
「今、何をしたんですか」
「何もしてないです」
「何もしてへんのに投げられました」
「ちひろさんが自分で崩れました。俺は方向を示しただけです」
ちひろは少し考えてから、もう一度構えた。
草薙はその目を見た。悔しがっていない。理解しようとしている。この子はそういう目をする、と思った。
その日の稽古が終わると、ちひろは帯を解きながら言った。
「入門、受け付けてもらえますか」
「受け付けます。ただ、うちは月謝が安い分、雑用もやってもらいます」
「掃除とかですか」
「掃除と、事務所の手伝いも」
「探偵の仕事ですか」
「そうです」
ちひろは少し考えてから頷いた。
「分かりました。よろしくお願いします」
「よろしく。何か困ったことがあれば言ってください」
ちひろが引き戸を開けて外に出ようとして少し止まってから振り返った。
「草薙先生、じゃなくて、なんて呼んだらええですか」
「草薙さん、でいいです。先生は柄じゃないので」
ちひろが少し笑った。初めて笑った顔だった。
「分かりました。草薙さん」
引き戸が閉まって、足音が遠ざかっていった。
草薙は道場の中央に立ったまま閉まった引き戸を少し見ていた。
京都から来た理由を、まだ全部は話していない。
いつか話す気になったとき、聞けばいいと思った。
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