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『骨法探偵 草薙仁』 〜真実は歪みの中にある〜  作者: やはぎ・エリンギ


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第3話 祭りの夜の消失事件

ここまで読んでいただきありがとうございます。

全10話

面白いと感じていただけたら

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反応があれば連載化も考えています。

夏祭りの夜、商店街の通りは提灯の列で橙色に染まり、屋台の煙と醤油の匂いが混ざって漂い、人の声と太鼓の音と子どもの笑い声が重なって夜の空気を埋めていた。


 ちひろは薄い水色の浴衣を着て帯を自分で結んできており、草薙の隣を歩きながら屋台を一つずつ眺めていた。


「せっかくのお祭りやのに、草薙さん全然楽しんでませんよね」


「音がうるさい」


「それだけですか」


「人が多い」


「お祭りやから当たり前やないですか」


 草薙は射的の屋台の前で少し足を止め、景品の並び方と的の位置をひと通り見ると、「この屋台、的がずれてる」とつぶやいた。


「また始まりましたわ」ちひろがため息をついた。「お祭りくらい違和感を探さんといてください」


 草薙は何も言わずに歩き出した。


 特設ステージの前に人が集まり、地元の名士である実行委員長の桐原が壇上に立って挨拶をしていたが、マイクを持った手が少し震えていて、笑顔を作っているのに目だけが笑っていなかった。


 ちひろが拍手する隣で、草薙は桐原の目をじっと見ていた。


「草薙さん、拍手しないんですか」


「あの人、怖がってるな」


「委員長さんがですか。お祭りの挨拶やのに」


 草薙は黙って桐原の背中を見ていた。


 花火が上がったのはそれから十分後のことで、ドンという腹に響く音とともに夜空に大輪が開き、群衆が歓声を上げる中、ちひろがステージの方を見ると桐原の姿がなかった。


「草薙さん、委員長さんがおらへんくなってます」


「花火が上がった瞬間に消えた」


「え、見てたんですか」


「見てた」


「どこへ消えたんですか」


「自分では行ってない。誰かと一緒だ」


「どうして分かるんですか」


「花火の音が鳴った瞬間を狙ってる。誰かが音で隠した」


 ちひろがステージの方を見た瞬間には、草薙はすでに歩き出していた。


 ステージ裏は人目がなく、草薙がしゃがんで地面を見ると複数の足跡が残っていて、向きが違い、引きずった跡まであった。


「二人以上いますね」ちひろもしゃがんでスマートフォンで動画を撮りながら言った。


「三人。桐原ともう二人」


「二人も連れていったんですか」


「一人は桐原を連れていって、もう一人は見張り役だ。二手に分かれてる」


 草薙は花火の打ち上げ場所の方向を見やり、ステージからの距離と風の向きを確認していた。


「草薙さん、花火を見てどうするんですか」


「音の届き方を確認してる。あの距離なら花火の音でかなりの物音が消せる」


 関係者から話を聞くと、桐原の事業ライバルである堂島は祭りの別の場所で商談をしており複数の証人がいて、桐原の息子の雄介は友人と花火を見ていたとSNSに写真が投稿されていて時刻も合っていた。


「二人ともアリバイがありますね」ちひろが草薙に言った。「行き詰まりましたわ」


 草薙がニヤッとした。


「笑い事やないですよ」


「アリバイは作れる」


「どうやってですか」


「花火が上がる時刻は事前に告知されていたから、その時刻に合わせてアリバイを仕込んでおけばいい」


「つまり花火が上がる前に全部仕込んでおいたってことですか」


「そうなる。誰かが桐原を花火の直前に連れ出す手配をして、花火の音で物音を消している間に自分はアリバイを作ってた」


「それ、うちの学校の文化祭の出し物の話みたいですわ」


 草薙がちひろを見た。


「どういうことだ」


「戦隊の劇をやったとき、爆発シーンの効果音に合わせてセットを動かすんですよ。観客に気づかれへんように。同じ発想やないですか」


 草薙が少し黙ってから言った。


「正確な例えだ」


「ほんまですか」ちひろが少し驚いた。


 桐原の自宅の書斎に入ると荒らされた形跡はなく、草薙が机の上に目をやると万年筆が置いてあり、インクの先が乾いていてキャップが外れたままになっていた。


「誰かがここで何かを書いて、急いで出たからキャップを閉め忘れた」


「何を書いたんですか」


「遺書だと思う」


 ちひろが足を止めた。


「遺書って、桐原さんが自分で書いたんですか」


「脅されて書かされた。急いでいたからキャップを閉め忘れた」


「誰が脅したんですか」


「桐原に深い恨みを持つ人間で、遺書で自殺に見せかけて本人は別の場所に閉じ込めてある」


「堂島さんですか。それとも息子さんですか」


 草薙は書斎の窓を見渡した、窓の外にまだ残っている祭りの灯りを見ながら答えた。


「堂島だ。SNSの写真は投稿時刻を手動で設定できるし、息子の写真は背景の人の動きが自然すぎて作られた場面じゃない」


「草薙さん、写真の背景の人まで見てたんですか」


「見てた」


「うち、怖いですわそれ」


 堂島の自宅に向かってインターホンを押すと、しばらくして五十代の体格のいい男が出てきて、草薙たちを見た瞬間に目が動いた。


「桐原さんはどこにいますか」


「知らない。わたしは祭りで商談を」


「遺書は偽物です。万年筆のキャップが外れたままで、急いで書かされた証拠が残っていた」


 堂島の顔から血の気が引いたかと思うと表情が変わり、上着の内側に手が入ってスタンガンを取り出して草薙に向けて踏み込んできた。


 草薙は引かなかった。


 堂島の右腕が伸びてきた瞬間に草薙は一歩内側に入り、伸びてきた肘の関節の内側の柔らかい部分に掌の根元を鋭く打ち込むと、堂島の右腕から一瞬で力が抜けてスタンガンを持つ手が下がった。


 草薙はその瞬間に堂島の右肩を引き込んで体を沈めながら腰を入れると、堂島の体が草薙の腰の上を転がって地面に背中から落ちた。


 起き上がろうとした堂島の右腕をちひろが取り、手首を内側に返しながら肘を上から押さえると堂島の体が地面に戻った。


「動いたら関節、いきますよ」


 堂島が止まり、スタンガンが脇に転がっていた。


 草薙がしゃがんで堂島の顔を見た。


「桐原さんはどこにいますか」


 堂島は少し間を置いてから答えた。


「倉庫だ。祭りの道具を置いてある場所」


 倉庫の中で縛られていた桐原に怪我はなく、警察が来て堂島が連行されると、堂島は十年前に桐原に事業を潰されて会社を失い家族も離れたこと、祭りの委員長として表舞台に立つ桐原を見るたびに怒りが積み重なったこと、花火の夜を選んだのは音で全部隠せると考えたからだったことを話した。


 商店街にはまだ提灯が灯っていて屋台の片付けが始まっており、ちひろが歩きながら言った。


「せっかくのお祭りが台無しになりましたわ」


「違和感が消えた!スッキリだ」


「草薙さんらしいですわ。解決したら満足なんですね」


「そういうことだ」


 ちひろは夜空を見上げると花火の残像はもうなく、提灯の橙色だけが通りに残っていた。


「草薙さん。うち、今日一つ分かったことがありますわ」


「何だい?」


「人が一番隠し事をするのって、一番賑やかな瞬間なんですね」


 草薙が少し間を置いた。


「そうだね」


 ちひろはスマートフォンを取り出して草薙の言葉を動画で録り、草薙は屋台の残りを見ながら歩いていた。


「草薙さん、お腹空きましたか」


「空いた」


「何食べますか」


「何でもいい」


「何でもいいって言う人に限って文句言いますよね」


「言わない」


「絶対言いますって!」


 草薙はすでに焼きそばの屋台に向かって歩いていた。


「草薙さん、それ何でもいいやないですか」


「決めた」


「今決めたんかい!」


 ちひろの叫びが夜の商店街に響き、提灯の明かりが風に揺れていた。


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