第1話 草薙流・骨法合気道場
朝の道場に光が入ってきた。
ちひろは畳に仰向けになっていた。
草薙仁がまたがっている。両膝がちひろの脇腹の外側に落ちていた。体重が全部のしかかってくる。草薙の両手がちひろの手首を掴んで畳に押しつけていた。
動けない。
「力んでるよ」
草薙が言った。
「力まんと押さえられますやないですか」
「逆だ。力が入ってるから相手の力が全部入ってくる。一回、全部抜いてみて」
ちひろは息を吐いた。腕の力を抜いた。肩を落とした。体から余分な緊張が抜けた。
「脱力したまま、両腕をクロスする。そのまま左に払って」
ちひろは力を抜いたまま両腕をクロスした。脱力しているから動きが滑らかに入る。そのまま体ごと左に払った。
草薙の両腕が左に流れた。上体が引っ張られた。右側の支えが消えた。草薙の体勢が右側に崩れた。
「そこで丹田。おへその下だけ締めて、体全体でブリッジ」
ちひろは足裏を畳につけた。丹田を締めた。腕は脱力したまま。体の中心だけに力を集めた。
腰を上げた。
さっきとは全然違った。体全体が一枚の板みたいに動いた。払いで崩れた草薙の体重が浮いた。支えを失った体が宙に浮く一瞬があった。
ちひろは腰を大きく逃がした。スペースを作って右足を深く差し込んだ。体を起こした。
草薙が畳に転がっていた。
ちひろはその横に立っていた。息が少し上がっていた。
「草薙さん」
「何だ」
「払うだけで崩れるんですね。ブリッジの前に。うち、最初からブリッジしようとしてましたわ」
「払いで崩してからブリッジする。崩れてない状態で上げようとしても体重を正面から受けるだけだ。順番が大事だよ」
「脱力してるから払いが滑らかに入るんですね。力んでたら引っかかってましたわ」
「そう」
草薙が起き上がった。帯を直した。眠そうな目のままだった。
「草薙さん、もう一回やりますか」
「今日はそれだけでいいよ、面倒い」
「え、一回だけですか」
「一回で分かったなら十分だ」
ちひろは少し拍子抜けした顔をした。それからノートを取り出した。
「脱力してクロス、払って崩す、丹田でブリッジ、エビで抜ける。書いておきますわ」
「好きにしたらいい」
道場の外から商店街の音が聞こえ始めた。朝が動き出していた。
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