第14話 草薙が外れた日
その日の午後、道場に中年の女性が来て隣の家の人が怪しいと言った。依頼人の名は松本恵子で、隣に住む男性が毎日深夜に車で出かけて明け方に戻ってきており、先週は大きな袋を抱えて帰ってきたのを見たという。
「佐々木さんといって、介護の仕事をされてると聞いています」
草薙が白板に書いた。深夜外出、明け方帰宅、大きな袋、介護職。それからしばらく白板を見ていた。
「現地を見てきます」
翌日の夕方、草薙とちひろは佐々木の自宅を観察した。
「草薙さん、どう思いますか」
「夜間の介護なら深夜に出て明け方に帰るのは普通だよ。でも毎日同じ時間は不自然かもね。訪問介護なら利用者によって時間は変わるはずだから」
「つまり、訪問介護じゃない可能性がある。でも介護の仕事をしてるのは本当で、何かが怪しいと」
「そうなるよ。明日の朝、直接声をかけてみよう」
ちひろは少し考えた。草薙の読みが正しければ、怪しい。でも何が怪しいのか、まだ見えない。
翌朝、佐々木が車で帰ってきたところに草薙が声をかけると四十代の男性で疲れた顔をしており、草薙たちを見て「何ですか」と言った。
「夜間のお仕事をされているんですか」
「介護の夜勤です。施設の」
草薙の顔に一瞬何かが走り、ちひろはそれを見た。施設の夜勤なら毎日同じ時間になり得る。訪問ではなかった。草薙の読みが外れた瞬間だった。
「大きな袋をお持ちだったようですが」
「施設で使う消耗品を自腹で買って持っていってます。備品費が足りなくて」
佐々木の目が疲れていた。それ以上でも以下でもない顔をしており、草薙は「失礼しました」と言って頭を下げると佐々木は「いえ」と言って家に入った。
松本の家に戻って報告し、草薙は料金を受け取らなかった。
道場に戻る道を歩きながら、しばらく二人は黙っていた。ちひろが言った。
「草薙さん、外れましたね」
「外れたよ」
「草薙さん、怖くないんですか。間違える自分が」
草薙が少し間を置いた。
「怖いよ。だから毎回疑う」
「草薙さんでも怖いんですね」
「当たり前だよ」
「なんか安心しましたわ」
「なんで」
「怖いのに続けてる人の隣にいる方が、うちは安心できるんですよ」
草薙は何も言わなかった。前を向いたまま歩いていた。夕暮れが商店街を包んでいた。




