感覚のままに
シロガネ館を出たアルムは町をぶらりと歩くことにした。
何気に一人で現代の町を歩くのは初めてであるため、密かに心を躍らせる。
「何しようかなー」
アルムはカグヤから渡されたお小遣いを握りしめながら町を歩く。
その途中で今朝カグヤに言われたことを思い出し、一つのやりたいことを見つける。
「現代の人たちを観察してみよう!ボクも早くこの時代に慣れていくぞ!」
アルムは現代の文化を観察することにした。
彼女はカグヤの家に転がり込んでからあらゆる面でわからないことだらけであった。
それを少しでも解消して現代に一刻も早く馴染もうと考えたのである。
町の景色を見ようとアルムが足を進めていると、昨日と同じ行列が発生していた。
それを見たアルムは現代の勉強より先にやらなければならないことを思い出した。
それは今ここに潜んでいるキメラの排除であった。
アルムは列には並ばず、その横から続く先へと向かっていった。
並んでいる大半の人間の表情からは生気が感じられない。
着実にパンケーキ中毒の被害者が増えていたのである。
列を追いかけるにつれ、キメラの気配が強くなっていく。
この先に今回の事件の首謀者がいることは確実であった。
「やっぱり」
行列を追った先でアルムが見たものは昨日訪れたパンケーキ専門店パピヨンヘブンであった。
この店のどこかにキメラが潜んでいる。
確信を抱いたアルムはどうにかしてキメラを外に炙り出そうと模索した。
(お店の中で変身するわけにはいかないし、どうすれば……)
アルムは悩まされた。
カグヤに釘を打たれていることもあり、人前で変身を見せるわけにはいかない。
さらに人を戦闘に巻き込んで危険に晒すこともできないためどうにかしてキメラを店の外に追い出してから戦闘をしなければならなかった。
店の裏口まで回り込んだアルムの視界にあるものが映り込んだ。
それはこの建物と繋がっている送電線であった。
「そうだ!」
アルムは直感的に閃いた。
閃くままに人がいないことを確認すると角と尻尾を発現させ、送電線を鷲掴みにする。
次の瞬間、アルムは送電線を経由して建物内の電気を吸い上げた。
電気を断たれた店は停電を起こし、店内からどよめきが起こる。
停電が発生したのを確認したアルムは素早く裏口の近くの死角となる場所へと潜り込んで人間体へと戻った。
その直後に停電の原因を確認するためにスタッフの一人が裏口を開けるとアルムは店の裏側へと飛び込んだ。
裏口には誰もいない。
停電への対応でスタッフがてんやわんやしており、こちらに回ってこないのである。
そんな中、アルムは不審な行動を取る男性スタッフを発見した。
停電している中で何の動揺も見せずにただ黙々とパンケーキを作り続けている。
そして彼からは間違いなくキメラの気配が発せられていた。
「お前、キメラだな?」
アルムが乱暴に呼びかけると男はピタリと腕を止めた。
調理道具を置き、アルムの方に振り返るとそこにはバチバチと音を立てながら放電し臨戦態勢に入ったアルムの姿があった。
男は何も言わずにその正体を表した。
背中から極彩色の羽を生やした人型の怪物、パピヨンキメラへと姿を変える。
「お前を排除する」
アルムは激しく放電すると一気に人型からドラゴンへと変身した。
パピヨンキメラは羽を羽ばたかせると宙に浮いて放電を回避し、そのままフロアへと抜けて逃走を図る。
アルムはすかさずそれを追いかけて戦闘へと移行した。
パピヨンヘブンのフロアは騒然と化した。
いきなり局所的な停電が発生し、かと思えば昨日現れた怪物の別個体とこれまた昨日現れた金龍が戦闘を繰り広げだせば当然の反応であった。
パピヨンキメラはのらりくらりと飛行してアルムの追撃をかわすが単純な機動力ではアルムの方が上であった。
鱗粉を浴びせて抵抗するが一時的な目眩し以上の効果は得られず、アルムが翼を羽ばたかせればそれもすぐに吹き飛ばされる。
アルムはパピヨンキメラの上を取り、その背中に蹴りを浴びせて床へと叩き落とした。
そのまま足で掴んで床に拘束し、周囲を見回すと客とスタッフに避難を促すように軽く放電して警告を発した。
周囲から人が離れ、存分に戦うためのフィールドを確保したアルムはマウントを取ったままパピヨンキメラに詰め寄った。
その様は
『お前のパンケーキでおかしくなった人たちはどうすれば元に戻る』
「シラナイナ……ホウッテオケバソノウチモドルサ」
アルムのテレパシーでの問いに対してパピヨンキメラがとぼけるように片言で返すとアルムはすぐさま電撃を浴びせかけた。
パピヨンキメラの身体に電気と激痛が走り、ピクリと痙攣を起こす。
『とぼけるな』
「ウソハイッテナイ。ダイジナオキャクサマヲコロスヨウナマネハシナイ」
パピヨンキメラはパンケーキに人を殺傷せしめるような毒は仕込んでいないと主張した。
彼の鱗粉はあくまで人間の味覚を支配するのみであり、死に至らしめるようなことは決してない。
アルムが味の虜にならなかったのも彼女が人間と異なる身体構造であったからに他ならない。
『本当にそれしかないんだな?』
「キマッテイル」
『それならもう終わりだ』
アルムはパピヨンキメラの言葉を遮ると電気ショックを浴びせかけた。
パピヨンキメラは一瞬のうちに意識を奪われ、力なく首を捻る。
アルムは意識のなくなったパピヨンキメラの身体を抱えてフロアを飛び出した。
ガラス張りの壁を突き破り、そのまま垂直に軌道を変えて空高く飛翔する。
人々はそんなアルムの姿を次々とカメラに収めた。
そして地上から姿が見えなくなった次の瞬間、昼間の晴れ空が一瞬真っ白になったかと思うと青白い稲妻が走り、地上には大きな雷鳴が一つ轟いた。
その後、アルムは人間の姿で地上に戻ってくると何食わぬ顔でまた町を歩き出した。
町の人たちの間ではついさっきの戦闘のことで話題が持ちきりとなっていた。
(動いたらお腹減ったなぁ)
アルムはスマホに視線を釘付けにされる人々を不思議そうに眺めながら食べ物を求めて町を散策するのであった。




