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はたらくカグヤ

 アルムが他のキメラの存在を感知した翌日の朝。

 カグヤは目を覚ますとソファの上からのそのそと這い出るように起き上がった。

 あれから不貞寝してしまい、不本意ながら二日連続でソファで一夜を明かすことになったのである。


 時刻は午前七時、今日はバイトの日である。

 出勤時刻は午前九時、あまり悠長にはしていられない。

 

 「おはよーカグヤ。調子はもう大丈夫?」

 

 カグヤが動き出すとアルムが声をかけてきた。

 昨夜の落ち込みようを多少気にかけているらしく、声のトーンがやや控えめである。


 「正直あんまだけど、それでもバイトは休めないから」


 アルムの声掛けで昨日の一件を思い出したカグヤは憂鬱さを思い出しつつも出勤に向けて動き出した。

 バイトはカグヤにとって現状唯一の収入源である。

 メンタルが沈んでいるとはいえ、それで生活を犠牲にするわけにはいかない。


 カグヤは冷蔵庫を漁り、ヨーグルトを取り出すとそれをかき込んで水道水をコップ一杯呷った。

 これがハルヒがいない時の彼女の基本的な朝食である。


 「たったそれだけしか食べないの?」

 「これで平気。朝食作ってる時間ないし」


 カグヤは平坦にそう答える。

 バイトがある日の朝は時間が命である。

 昨日の朝にハルヒの料理風景を傍で見ていたアルムは時間を惜しむその発言にちょっとだけ共感できたような気がした。


 あっという間に顔を洗い、歯を磨き、化粧を済ませて着替えを完了させたカグヤはバイト先に向かうために玄関へと向かおうとした。

 するとアルムがカグヤの手を取って引き留めようとするような仕草を取った。


 「え、何」

 「ボクも行っちゃダメ?」

 「ダメとは言わないけど構ってる暇ないよ」

 「えー!?ボク一人なんて退屈ー!」


 アルムはワガママを言いながらカグヤに縋る。

 腕にしがみつきながらカグヤの腰にしっかりと尻尾を巻き付けており、逃がすつもりは微塵も感じられない。


 「ちょ、離せ!退屈なんて寝てれば忘れるから!」

 「やだー!何かしていたいー!」


 先を急ごうとするカグヤに対してアルムはなおも食い下がる。

 現代のことを一人では何もできないアルムにとって一人でいる時間はひたすらに退屈であり、カグヤの主張も聞き入れがたかった。


 「あーもうわかった!とりあえずついてきて!どうするかは職場向かいながら考えるから。あと角と尻尾隠せ」


 カグヤは観念するとひとまずアルムを外に連れ出すことにした。

 職場に同行させても何の解決にもならないがこのままここで足止めを喰らうよりはましである。

 

 道中、カグヤは歩きながらアルムに日中何をさせるかを考えていた。

 アルムは言葉を理解し会話もできるが現代らしいことはほとんど何もわからない。

 それに加えて文明の利器すら持っていないため連絡も取れない上に現在地の確認すらできない。

 さらに学習能力こそ高いが適応能力と旺盛な好奇心が悪い意味でかみ合っており何をしでかすかわからないと不安要素の塊であった。

 その不安要素を体現するようにアルムはキョロキョロと周囲を見回しながらジグザクと動き回っている。


 「アルム、ちょっといい?」

 

 職場が目前に迫ったところでカグヤは足を止めてアルムの方に振り返った。

 それに合わせてアルムが動きを止めるとカグヤはいろいろなものを手渡す。

 

 「いい?これは現代のお金、これ使えば少しぐらいなら遊んだり食べ物とか買ったりできるからお昼はそれでなんとかして。あとこれは家の鍵、帰ってもこれがなかったら家に入れないから絶対になくさないでね」

 

 カグヤはアルムに少々のお小遣いと家の鍵を渡した。

 カグヤ自身も金銭面での余裕がないとはいえ、それを理由にアルムに何も持たせないのは流石に可哀想であった。

 

 「わかった。ところでカグヤはいつ帰ってくるの?」

 「たぶん夕方ぐらい」


 アルムはカグヤが渡したものの用途を理解したうえで確認を取るとカグヤは淡々と答える。

 彼女のバイトは基本的にフルタイムである。

 営業開始時刻の午前九時から終業の午後十八時まで、実働八時間の九時間労働であった。


 「別に仕事覗いてもいいけど何もないからね。じゃ」


 カグヤは前置きを入れるとアルムを置き去りにするように職場でもあるシロガネ館に裏口から入っていった。

 そんなカグヤの後姿をアルムはじっと眺めた末、カグヤの仕事を見てみようとシロガネ館を覗くことにした。


 「おはようございまーす」


 シロガネ館に裏口から入ったカグヤは挨拶を入れた。

 すると奥から他のスタッフ二人の挨拶が返ってくる。

 今日の始業メンバーは三人であり、フルタイムで入っているのはカグヤのみ。

 実質的なバイトリーダーであった。


 「レジ大丈夫ー?フロア清掃回ったー?」


 カグヤは二人のスタッフに指示を回しながら開店の準備を進めた。

 もうすぐ九時になる。


 「はい、じゃあシャッター上げるよー」


 午前九時ちょうどになるとカグヤは開店を宣言して入り口のシャッターを上げた。

 シャッターを上げるといきなりアルムがこちらを覗いていた。


 「……どした?」

 「カグヤがお仕事してるところ見たいなーって」

 「好きにしていいけどそんな面白いものじゃないよ」


 入り口前で簡潔にやり取りをするとカグヤは店の奥に消えていった。

 今はプライベートではなく仕事中であるため、あまりアルムにもかまけてはいられなかった。


 その後もアルムはシロガネ館の棚に陳列された本の数々を眺めながらカグヤの仕事風景を観察した。

 カグヤは順が乱れている本を整頓したり、レジを打ったり、客が探している本が置いてある場所を案内したり、宣伝用のポップを作成したりと様々な業務に取り組んでいる。

 置いてある本は文字を読むことはできるがその内容はアルムには難しいものであり、すぐに読書を断念した。


 そんな中、アルムはシロガネ館から不思議な気配を感じ取った。

 その気配を放っていたのはスーツを着た初老ぐらいの男であった。

 

 「お疲れ様ですオーナー」

 「お疲れ様ですカナメさん」


 カグヤはスーツの男の姿を確認すると頭を下げて挨拶をした。

 他のスタッフも次々に挨拶をする。

 男は穏やかな声で挨拶を返すとそのまま店の奥へと消えていった。


 「さっきの人誰?」

 「オーナーのシロガネさん。この店で一番偉い人」


 カグヤはアルムにざっくりと紹介した。

 男の名はシロガネ・レン、シロガネ館のオーナーであった。

 

 「ここにいても暇でしょ。外で遊んどいで」


 カグヤはアルムを追い出すように言い放った。

 彼女の言う通りシロガネ館は賑やかとは言い難く、どちらかといえば静かな場所であるためアルムにとっては退屈な場所であった。

 

 アルムはシロガネ館を後にした。

 彼女がいなくなったのを確認したカグヤはため息をついた。


 「誰だったんですかさっきの」

 「あー、最近うちにホームステイしてる外国人的な?」


 カグヤは人入りが少ないのをいいことに他のスタッフと話を始めた。

 アルムの正体をバラすことはできないため、それっぽい単語を取り繕う。

 

 こうしてカグヤはバイトをこなしながら今しばしの時を過ごすのであった。

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