迫る異変
一時間程度の雑談配信を終えたカグヤとアルムは配信を経て得た情報を整理した。
とあるリスナー曰く『元々普通の店だったパピヨンヘブンに謎の人物が入り込み、それから人気が出るようになったと同時に怪しい噂が出回り始めた』とのことであった。
「じゃあキメラが店の関係者の誰かに化けてるってこと?」
「わからないけど。そうかも」
カグヤの推察に対するアルムの返答は曖昧なものであった。
探知はあくまでも感覚的なものであるため、確証は持てない。
一つの仮説を立てたところにカグヤのスマホに着信通知が入った。
着信先はカグヤの母であった。
普段疎遠気味な親から直接連絡が来たことにカグヤは嫌な予感を募らせる。
「もしもし」
『もしもしカグヤ?ハルヒの様子がなんか変なんだけどアンタ何かした?』
母からの第一声はハルヒに異変が生じたこととそれへの関与を疑うものであった。
それを聞いたカグヤの首筋に冷たい汗が伝う。
「いや、あーしは何もしてない。てか様子が変ってどんな感じ」
『なんかぼんやりしてるし、声かけても反応が鈍いのよ』
カグヤはあくまで自分はハルヒに何もしていないという体で彼女の状態を確認した。
母の口から伝えられた異変はついさっきSNSの投稿で見たそれとそっくりであった。
『本当に何もしてないのね?』
「してないってば。昨夜一晩うちに泊めて、さっきパンケーキ食べに連れてっただけ」
カグヤは電話越しに昨日から今に至るまでの出来事を偽りなく母に説明した。
その声色は明らかに動揺と焦りが入り混じっており、ハルヒを心配していることが母に伝わる。
『疑ってごめん。まさかと思っちゃったお母さんが悪かったわ』
「ん。とりま様子見たげてよ。あーしからこれ以上してあげられることないから……」
カグヤは母から謝罪を受けるとハルヒのことを母に一任して通話を切った。
アルムの言うことをあの場で真面目に聞き入れなかったこと、妹可愛さから出た善意が逆に妹を危険に晒してしまった迂闊さ、偶然とはいえ自分はその危険を免れてしまったことへの後悔から大きなため息が出る。
カグヤはソファの上に力なく横たわると膝を抱えて蹲る姿勢を取った。
「あーしどうすればよかったんだろ……」
「カグヤは悪くないよ。あの場で誰も気づけなかったんだから」
アルムは思いつく限りの言葉でカグヤをフォローした。
自分の直感がキメラの気配を感じ取っていたとはいえ、伝え方が直接的過ぎるが故にカグヤに一時的に不快な思いをさせてしまったのもまた事実であり、カグヤの行動に落ち度はなかったのである。
日が沈み、夜が訪れようとしていた。
しかしカグヤは落ち込んだままソファの上から動かない。
部屋が暗くなるのを見かねたアルムが明かりをつけた。
「ねえカグヤ。何か食べないの?」
アルムが気遣いの言葉をかける。
電気を吸収することで食事を摂取しなくてもエネルギーの補充ができるアルムと違い、人間であるカグヤは食事をしなければいずれ飢えてしまう。
「今はいい。人間一食ぐらい抜いたって死にはしないから」
カグヤはふさぎ込んだまま呟いた。
負の感情で胸がいっぱいになっており、今は食事が喉を通る気がしなかった。
しかしそれを差し置いてもアルムには理解できないことがあった。
「カグヤはどうしてそんなに悲しんでるの?」
「ハルヒは大事な妹だからどうにかしてあげたいんだよ。妹にとっていざという時に頼れる存在でいてあげたかったんだよ。お姉ちゃんってそういう生き物だから。でもあーしじゃどうにもできない、それが悲しいんだよ」
アルムの問いに対してカグヤは上ずった声でそう答えた。
カグヤにとってハルヒはただ一人の妹であり、何にも代えられない大事な存在である。
そんな大事な存在を自分の手で助けられないことはこの上なく辛かった。
キメラであるアルムには兄弟や姉妹といったものが存在しないため、カグヤの抱いている姉妹愛という概念を初めて知ることとなった。
それと同時に人間を愛していながら人間という生き物のことをよくわかっていなかったことを痛感したのであった。
「ボクがきっとなんとかするよ。キメラが起こした事件なら、ボクも力になれるはずだから」
「……うん」
アルムはカグヤに寄り添うように誓いを立てた。
彼女はキメラを倒し、人間を守ることが使命である。
今回の事件の裏で暗躍しているのであろうキメラを倒すことで被害の拡大を食い止めることが可能なはずであった。
カグヤは藁にも縋る思いでアルムにキメラの打倒を委ねた。
その夜、カグヤが就寝するとアルムはこっそりと窓を開けてアパートの屋根へと上った。
本来のドラゴンの姿へと変身し、町を一望する。
(待っててカグヤ。必ずボクが見つけ出すから)
アルムは翼を広げると力の限り吠えた。
その咆哮は町中に響き渡り、晴れ空に一発の雷鳴が轟くのであった。




