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不穏なパンケーキ


 「いやー、美味しかったなー」

 「お姉ちゃんも少しぐらい食べればよかったのに」

 「いいよあーしは。今日はハルヒのためにお金出したんだし」


 店を出て帰ってきた三人はリビングでくつろぎながら談笑していた。

 アルムは部屋に戻ってきたことで再び角と尻尾を出している。


 「じゃ、私そろそろ帰るね」

 「あいよー。気をつけてなー」

 「じゃあねー」


 リビングで一服したところでハルヒは荷物をまとめて家へと帰っていった。

 カグヤは気楽な態度でハルヒを玄関まで見送るとすぐにリビングに引き返してスマホで検索をかけた。


 「やっぱあの店なんか変だわ」

 「なんだカグヤもそう思ってたのかー」

 「あの場は空気悪くしたくなかったから言わなかっただけだし」


 カグヤはついさっき訪れた店の名前で検索をかけ、ユーザーからの評判を読み漁る。

 明後日行くと不穏な投稿が目についた。


 『パピヨンヘブンのパンケーキを食べに行った日の夜から妻の様子がおかしい。声をかけても反応が薄くてぼんやりしているし、手料理の味付けがとにかく甘い。それから毎日のようにあの店に通っている。病みつきになるとは聞いていたがそんなに影響を与えるものなのだろうか』


 その投稿は店に行ったユーザーの夫による投稿であった。

 どうも妻がパンケーキを食べに行ってから様子が変らしい。

 具体的な状態を書き記した一文がカグヤの脳裏についさっき見たものを呼び起こした。


 「じゃあさっき並んでたぼんやりしてた人たちって」

 「あのパンケーキ食べて中毒になってたってことかも……」


 カグヤはさっき見かけた行列で待機する一部の人たちの姿をそう推察した。

 

 「アルムはあのパンケーキ食べてたけどなんともないの?」

 「別にボクはなんともないよ」

 

 アルムは平然と答える。

 その主張通り彼女の体調には何も異変はない。

 アルムの状態を確認したカグヤは急にハルヒのことが心配になってきた。


 「……!」


 緊迫した空気が流れる中、アルムが何かに気づいたように目を見開いた。

 

 「どしたん急に」

 「キメラがいる」


 カグヤが恐る恐る尋ねるとアルムは表情ひとつ変えずに答えた。

 彼女には他のキメラの存在を感知する能力が備わっており、それが働いているのである。 

 その能力は千年以上を経た現在でも衰えてはいない。

 

 「どこに?」

 「そこまではわからないよ。でも、ここからそんなに遠くないどこかにいる」


 高性能なキメラのアルムといえども感覚頼り故に感知の精度はそこまで高くはない。

 はっきりとしているのはキメラが動いているということだけである。


 「じゃあ探してみますかー」

 「探すってどうやって?」

 「現代ならではのやり方があんのよ。まー見てなさいって」


 カグヤはアルムに得意げな表情を披露すると家の一室へと向かっていった。

 向かった先はリビングとも寝室とも違う部屋である。

 アルムはそこにあるもの見たさにカグヤの後ろについて回った。


 アルムが部屋を覗くと、そこには無数の小物が並んでいた。

 リビングや寝室とも違う無機的なツールや棚に詰められるように並んだカラフルな本が置かれたその空間はアルムに理解しがたい異様な雰囲気を醸し出している。


 「それ何?」

 「パソコン、いろいろできる便利な道具ってところかな」


 カグヤはアルムの方を向くこともなくパソコンを起動するとセッティングを始めた。


 「それでなにするの?」

 「配信。あーししばらくここに籠るからアルムは部屋の外で大人しくしてて」


 カグヤはパソコンの画面を操作しながら配信の準備をしていた。

 彼女は趣味の一環として動画サイトでの配信活動も行っており、配信を通じてパピヨンヘブンに関する情報収集をしようと試みたのである。

 現代特有の文化に興味を寄せつつもカグヤの言うことに従ってアルムはいったん部屋から出てリビングで待機することにした。


 『休日の突発雑談配信』


 そう銘打たれたタイトルの元、カグヤはチェアに腰を下ろしてヘッドホンを装着すると配信を開始した。

 配信開始と同時に彼女のリスナーが数名ほど配信を覗きにやってくる。


 「はい、始めましたー」

 

 カグヤはモニターのコメント欄を確認しながらゆったりとトークを展開する。

 誰もいない画面に向かって話し続けるカグヤの姿をアルムに奇異の眼差しを向けた。


 『そういえばニュースになってたあの金色のドラゴン見た?』

 「あー見た見た。すっごいよねーあれ」

 

 カグヤはリスナーからのコメントを拾って金龍についての話題に触れた。

 どうやら自分が金龍に助けられた人物であることには気づかれていないようであった。

 そしてその金龍が今自分がいる部屋の隣にいるとは思いもしないだろうとカグヤは考えた。


 『後ろから覗いてる子誰?』

 『なんかおるな』 

 

 リスナーたちはコメントで何かについて触れ始めた。

 もしやと思いカグヤが後ろを振り返るとそこには息を飲みながら顔を覗かせるアルムの姿があった。


 「あー。ちょっと失礼」


 事態に気づいたカグヤはギリギリ平静を取り繕いながら音声をミュートにするとヘッドホンを外し、席を立ってアルムに詰め寄った。


 「なんで覗いてるのさ」

 「一人でじっとしてるなんて退屈だよー!それに寂しいじゃないかー!」


 アルムはワガママを主張した。

 現代のことをまだよくわかっていない彼女は一人きりにされて寂しかったのである。

 情報収集のためとはいえ、一時的にでもそんな思いをさせてしまったことに気づいたカグヤは後ろめたさを覚えた。


 「じゃあ一緒に配信してみる?」

 「背信?カグヤは何かの宗教に背いてるの?」

 「その背信じゃなくて、なにかおしゃべりしてみるってこと」


 カグヤはアルムに突っ込みを入れつつ彼女を連れて配信卓に戻ってきた。

 少し席を外している間にコメントは大盛り上がりを見せている。


 「ここに話しかければいいの?」

 「そう。まずは挨拶して」

 「初めまして。ボクはアルムっていうんだ」


 アルムはカグヤにやり方をざっくりと教えられた上で挨拶を促されるとリスナーたちに自己紹介をした。

 自分がキメラであることは伝えるなと事前にカグヤに釘を刺されたこともあり、名前を教えるのみに留める。


 「ねえねえみんな。パピヨンヘブンっていうパンケーキのお店のこと知ってる?」


 アルムは挨拶を済ませるとド直球に話題を切り出した。

 配信について何も知らないがゆえに空気などもお構いなしにやりたい放題である。

 これにはカグヤもフォローが追い付かない。


 『なんかこの前ネット記事で見たよ』

 『知り合いが今度行くって言ってた』

 

 リスナーたちはコメントを通じてアルムと交流する。

 どういうわけかアルムを映してから同時接続が跳ねあがり始めており、カグヤは自分のチャンネルでは見たことのない数字に思わず目を疑った。


 「あーしらもついさっき行ってきたんだけどさ、帰りがけに変な噂聞いちゃって」


 カグヤはアルムの便乗する形で話題を広げる。

 元々遠回しに確認するつもりだったがアルムがいる以上はこちらの方が手っ取り早かった。

 それに反応したリスナーから興味深いコメントが寄せられた。


 『あの店、元々あんな店じゃなくて地味なパンケーキ屋だったよ』

 「マ?それ詳しく」


 何か事情を知っているらしいリスナーに対してアグヤは詳細を求めた。

 パピヨンヘブンは元々存在していた店だったがつい最近になって勢いが伸び始めているらしかった。

 しかも一説には最近やっていたというパティシエが関係しているのではないかと言われているとの情報も舞い込んできた。


こうして、予期せぬアクシデントこそあったものの結果的にカグヤとアルムは求めていた情報に大きく近づくことができたのであった。


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