金龍と話題の店
キメラの出現、伝説の金龍の復活から一夜が明けた翌朝七時。
カグヤはソファの上で目を覚ました。
元々自分用と妹のハルヒ用で二つあったはずの布団の片方をアルムに差し出した結果、自身があぶれてソファで寝ることになったのである。
「うぅ……身体痛……」
カグヤは起きて早々に身体の痛みに悶えた。
昨日のキメラの襲撃から逃げた際に日頃の運動強度を遥かに超えた運動をしており、おまけに固いソファの上で一睡したことで身体の回復が追いつかずバキバキであった。
「お姉ちゃんおはよー」
「おはようハルヒ。休日でも早起きで偉いねー」
「えっへへー。もうすぐ朝ごはんできるよ」
カグヤがソファの上でぼんやりしているとハルヒが台所から挨拶を入れた。
彼女は朝食の支度中であり、その脇ではアルムが調理風景を興味津々に眺めている。
今日は土曜日であるためハルヒは学校が休みであり、カグヤもまたバイトが入っていない休日である。
「おはようカグヤ。今の時代ってこんなに快適に眠れるんだね」
「おーおー、現代に順応してくれてるようでなにより」
アルムの声を聴いたカグヤは気だるげに首を捻った。
自分の命を助けてくれた恩義はあるものの、トラブルメーカーになりかねないという懸念からアルムへの対応はぞんざい気味であった。
「見てこれ。昨日のやつが早速ニュースになってる」
朝食を摂りながらハルヒは自分のスマホの画面をカグヤに見せた。
画面には誰かが匿名で投稿したのであろうキメラと戦うアルムの姿が収められた動画が流れている。
「あっ、これボクだ」
アルムは動画を見て驚いた。
映像媒体という概念は千年前には存在していなかったからである。
「外に出る時は角と尻尾は隠しといた方がいいね」
「なんで?」
「マスコミに嗅ぎつけられると面倒臭いから」
カグヤがアルムに警告するとアルムは首を傾げた。
彼女は当然マスコミという存在を知らない。
だがその口ぶりからあまりよくない存在であるということはなんとなく認識できた。
「お姉ちゃん、今日ここ行ってみない?」
ニュース記事をスワイプして画面から消したハルヒは目についた投稿をそのままカグヤへと流した。
画面には華やかに彩られたスイーツが並べられた画像が映し出されている。
それは最近話題のパンケーキ専門店のものであり、店は付近にあるらしい。
「へー美味しそう。価格は……せ、千円……」
カグヤは画像で紹介されたスイーツの価格を見て狼狽えた。
彼女にとっての千円は二日分の食費に近い値であった。
しかし可愛い妹の誘いとあっては断れない。
「よし、行くか。今日はお姉ちゃんの奢り」
「えー。これぐらい自分で出すよー」
「いいのいいの。高校生に一食千円も出させられないし」
カグヤは多少悩んだ末に腰を上げてハルヒとその店に行くことにした。
多少手痛い出費にはなるがそこは姉としての尊厳の見せ所であった。
店までの道中、同行していたアルムがとある場所の前で足を止めた。
それに気づいたカグヤが後ろを振り返り、アルムの元まで引き返す。
「どしたん?」
「ここってどんなところなの?」
カグヤが足を止めたのはやや古ぼけた風貌をした書店であった。
「ここはシロガネ館っていう書店。あーしここでバイトしてんの」
「バイトって?」
「アルバイトの略、お姉ちゃんは普段はここでお仕事してるんだよ」
書店の名はシロガネ館。
オーナーが趣味で開いている書店でマンガやライトノベルよりも資格勉強や受験勉強用の学術書の方が多く並んでいる今どき珍しい場所であり、一部の古書マニアには名の知れたスポットでもある。
そしてここはカグヤの勤め先でもあった。
「ここに何かあった?」
「うーん……なんでもない」
アルムは気を取り直して再び足を進めだした。
彼女の勘ではシロガネ館に本以外の何かがあるのは確実であった。
しかしそれがなんなのかまではわからなかったのである。
「カグヤはどうしてあそこでバイトっていうのをしてるの?」
「あんまり忙しくないし、その割に給料がいいから。スタッフ割で本を少し安く買えるし、穴場ってやつですわ」
アルムに尋ねられたカグヤはヘラヘラ笑いながら小物臭い理由を羅列した。
シロガネ館の仕事は受験や模試の時期が近くなると多少忙しくなることはあるが基本的には暇寄りである。
マンガなどの類のラインナップが他の書店より少ないとはいえ、極端に入らないわけでもない。
要するにカグヤがオタク活動をするにあたって非常に都合がいいのである。
そんなこんな語らいながら歩いていると路上に行列ができている場面に出くわした。
なんの待機列かとハルヒが注視すると、並んでいる内の数人の会話の内容が聞き取れた。
彼らの話題はどれもパンケーキのことばかりであった。
どうやらこれは今まさにカグヤたちが訪れようとしているパンケーキ専門店目当ての行列だったようであった。
「うへー、こんなに並ぶのかー」
「並ぼう」
想像をはるかに上回る人気ぶりにカグヤが気後れしているとハルヒがカグヤの腕を引っ張って待機列の最後尾へと並んだ。
まだ店先すら見えない列に並びながらカグヤたちは順番待ちをすることとなった。
カグヤとハルヒはスマホを眺めながらあることないことを駄弁りながら時間を潰す。
その間、アルムは時折会話に混ざりながら列に並ぶ他の人たちの様子を観察していた。
アルムは列に並ぶ人たちの中に一部様子が違うのがいることに気づいた。
和気藹々と期待を寄せながら話す人たちが大半だが時折何もせずぼんやりとただ足を進める人もいた。
それも一人や二人ではない、三、四人に一人はぼんやりしているのである。
「ねえ、なんか変な人いない?」
「えー。どこに?」
「ほら、あの人とか」
アルムは自分の感じたことを共有しようとカグヤに声をかけた。
カグヤがアルムの指さす方を見るとそこには上の空になりながら列に並ぶ人の姿があった。
「別にあれぐらいなら珍しくはないでしょ」
「そうなの?でもあんな感じの人が何人もいるよ」
アルムは繰り返し違和感を訴える。
カグヤも周りを見るうちに不穏な空気を薄々と感じ始めたが今更引き下がることもできなかった。
それは何より妹との予定を反故にしてしまうことに他ならなかったからである。
「アルム。今はあんまりそういうこと言わないでおいて」
「なんでさー」
「いいから」
カグヤはアルムを黙らせた。
とにかく今はこの場の空気を悪くしたくなかった。
そうこうしながら並ぶこと約一時間。
ついにカグヤたちが席に案内される順番が回ってきた。
ホールスタッフに案内され、店内に入ると果物やクリームの甘い香りに包まれる。
カグヤとハルヒはすっかり幸せ気分になった。
「おぉー。どれもめっちゃ美味しそう!」
「値段は一律千円か……」
メニューを見たハルヒは目を輝かせた。
それとは対照的にカグヤは悩ましく唸る。
ハルヒに奢る約束をしているのに加え、現代の金銭を持っていないアルムの分も自腹で負担するのが確約されている。
このままだと三千円以上が消し飛ぶのは確定であった。
「私これにする!」
「じゃあボクはこれがいい」
ハルヒは注文を決めた。
それとほぼ同時にアルムも食べたいものを決める。
「お姉ちゃんは食べないの?」
「あーしはまた今度でいいかな。あーしは平日にも来られるし」
カグヤは遠慮するそぶりを見せた。
シフト制バイトの彼女は平日休みの昼間に改めて訪れることもできるがハルヒは高校生であるためそういうわけにはいかない。
見栄を張ったものの金銭面での負担がやはり重かったのである。
二人の注文内容が決まったところでカグヤは呼び出しのベルを鳴らすのであった。




