伝説を知る
午後二十時、カグヤとハルヒは少し遅めの夕食にありついた。
アルムも同席しており、元々小さいテーブル周りがカグヤにはさらに狭く感じられる。
「これってどうやって使うの?」
「あー、アルムは外国生まれだから箸知らないのか」
アルムはカグヤとハルヒの見様見真似で箸を手に持ってみるが使い方がわからず首を傾げた。
以前は日本で活動していなかった彼女には初めて見る道具である。
「まず持ち方はこうで……」
見かねたカグヤがアルムに箸の使い方を教えようと試みた。
アルムの腕に触れた瞬間、静電気がパチンと音を立ててカグヤの指先に走る。
「いったッ!?」
「あっ、ごめん」
カグヤが反射的に手を離すとアルムは悪気なく詫びた。
静電気は意図的なイタズラなどではなく、偶然発生した自然現象である。
その後気を取り直して箸の使い方を教えるとアルムはすぐにそれをマスターした。
ものの十分程度で扱いに慣れ、カグヤたちと近いレベルまで使いこなす。
それを見たカグヤとハルヒはその学習能力に感心した。
「すごーい。もう完璧じゃん」
「当然だとも。ボクはマスターから高い学習能力をつけてもらったからね」
アルムは得意げに自身の能力をひけらかした。
彼女の学習能力は彼女の製作者によって備え付けられた機能の一つである。
それを聞いたハルヒの中にとある疑問が浮かび上がる。
「確かキメラって人工的に作られた生物って言ってたよね。アルムさんを作った人ってどんな人なの?」
ハルヒは思いついたままの疑問をアルムにぶつけた。
「ボクのマスターはオルフェウスっていってね。最高の錬金術師さ」
アルムは自身の生みの親たるマスターの名を語った。
しかしカグヤとハルヒにその名はまったくピンとこない。
それもそのはず、義務教育や高校教育の場でオルフェウスという人物名どころか錬金術師の存在にすら触れたことがなかったからである。
錬金術師という単語を聞いたカグヤはとあることを思い出した。
「さっきアルムは自分のことを『人間を守るために生まれた』って言ったじゃん」
「うん、確かに言ったね」
「それってさっき出てきたみたいなキメラと何か関係あるの?」
カグヤがアルムの発言を深入りしていくと、アルムは明るい表情から一転して少し陰のある真顔になった。
気まずいことを聞いたかとカグヤとハルヒは顔を見合わせる。
「少し昔話をしようか」
アルムはすぐに表情を変えると話題を転換した。
彼女が生きていた時代の話にカグヤとハルヒはすぐに食いつく。
「今から千年以上前はね、とある国に錬金術師っていうのがいていろんなものを作ってその腕を競い合ってたんだ」
「はえー、すっごいファンタジー」
「事実は小説よりも奇なりだね」
話題を切り出したアルムにカグヤとハルヒは相槌を打った。
「ボクのマスターも腕を競い合っていた錬金術師の一人、そんな中でマスターは『人の言葉を理解でき、人の言葉を離せる新しい動物』の作り方を見つけたんだ」
「それがキメラってこと?」
「その通り。そしてボクはそのキメラの第一号だ」
アルムは自らの出自を明かした。
かつて存在した錬金術師たちによる競争の一環として作られた人口生命体キメラ、その最初の一体こそが彼女である。
「そんなすごいもの作っちゃったらもう競争勝ったも同然じゃんね」
カグヤが率直な感想を伝えるとアルムは少し表情に陰りを見せた。
昔話にはまだ続きがあった。
「マスターのキメラを作る技術を超えるものを作れる錬金術師は誰もいなかったんだ。だから皆新しい錬金術の発見を諦めて今度は『より優れたキメラを作る』競争に移り変わったんだ」
オルフェウスの作った技術はあらゆる面で他の錬金術師たちのそれを凌駕しており、その技術を超えるものは誰にも作ることができなかった。
できなかったがゆえにたった一人で時代の流れを変えてしまったのである。
「それでね。錬金術師たちは自分が生み出したキメラを使って他の錬金術師を殺すことで覇権を奪い合おうとしたんだ」
「アルムのマスター業が深すぎるでしょ」
「そんなことしてたら世界終わっちゃうじゃん……」
オルフェウスの技術が齎した世界の様相は血で血を洗う凄惨なものであった。
世界の頂点を狙う野心のある錬金術師たちはキメラを使って他の錬金術師の命を狙うようになったのである。
それは到底オルフェウスが本来想定していたものではなかった。
「それでマスターはボクを目覚めさせるのを遅らせたんだ。あらゆるキメラたちを制することができる力と、より人間に近い知性、それによりいろんな能力を持たせるためにね」
錬金術師たちがキメラを使った抗争に明け暮れる中、オルフェウスは製作途中だったアルムにより高度な力を持たせるために完成を引き延ばした。
それは彼自身が錬金術師の頂点に立つためでなく、自分が生み出した技術が世界を破滅させるのを止めるためにである。
ここまでの世界の荒廃ぶりにカグヤとハルヒはもはや何も言葉が出なかった。
「で、ボクはマスターに目覚めさせられて『人間を守る』っていう使命を与えられたんだ。人間を脅かすのがキメラだから、ボクはそれを倒す。ずっと他のキメラたちを倒し続けて、世界にキメラはボク一人だけになってたよ」
アルムはあっけらかんと自身の過去を語る
人間の業によって生み出された生命体の第一号でありながら、一番最後に目を覚まし、同族たちを殺し続けて自分が最後の一人となった。
「つら……」
「聞いててしんどくなってきた」
カグヤたちはここから先の話を聞くのが怖くなってしまった。
錬金術の本当の顔や錬金術師たちの過去の所業が歴史の闇に葬られるのも当然であった。
「世界からボク以外のキメラを消したマスターは錬金術はもう存在してはいけないって考えて、残りの生涯はボクと一緒に錬金術に関するあらゆる文献を焼いて回ったよ」
「まあそれだけのことを引き起こしちゃったらね」
「禊ってやつだね」
錬金術師たちの血で血を洗う抗争を終結させたオルフェウスは錬金術がこれ以上栄えることはないことを確信し、その存在が後世に伝わることがないようにアルムと一緒に錬金術について記されたあらゆる書物を焚書していった。
キメラの製造で停滞してしまった技術に未来はない、錬金術がこの先世界にもたらすものは破滅のみである。
そう思わせるに先の戦いは十分すぎる出来事であった。
世界を破滅に向かわせた元凶となった男は自らの手で錬金術の歴史に幕を下ろしたのである。
そして錬金術に関する記録が抹消されたことで残ったものこそが金龍の伝説であった。
「なるほど。だからあーしらは錬金術のこと何も知らなかったのか」
「むしろこんな物騒なものが伝わってなくてよかったって思うよ」
「でも安心はできないよ。キメラがまた現代に現れたってことは誰かがキメラを作る技術を持ってたってことだから」
カグヤとハルヒが錬金術が歴史の闇に消えたことに安堵しているとアルムは二人に釘を刺した。
現代にキメラが出現したのは断絶したはずのその製造技術を継承した存在がいるからに他ならない。
そしてその根本を断っていないため、またキメラが現れる可能性は大いにあるのである。
「そんなに身構えないでよ。少なくともキミたちはボクが守るから」
アルムはカグヤたちに身の安全を保証するように言い放った。
この時カグヤとハルヒはアルムが善の存在でよかったと心の底から思い、そのようにアルムを作ったオルフェウスに感謝の意を抱いたのであった。




