広がる脅威
(こんなとこまで出て来んの……? てかうっさ……)
アルムが唐突に家を飛び出した翌日。
エレメントキメラ率いるカルト集団は勢力を拡大し、カグヤがバイトするシロガネ館の付近にまで出没するようになっていた。
集団の演説によってもたらされる喧騒はカグヤにとっては心底不快なものであった。
「外で演説してるのって例のカルト集団じゃないですか?」
「こんなとこにまで出ちゃって迷惑だよねーまったく」
カグヤは他のバイトスタッフと苦言を零しあった。
外の喧騒に気を揉まれながら仕事をしていると、集団の声が徐々に大きくなってくる。
こちらへ近づいてくるようであった。
カグヤは身の毛がよだつのを感じ取った。
集団の声がシロガネ館の前でピタリとやんだ。
集団の中を抜け、一人の男がシロガネ館に入ってくる。
男は迷いのない足取りでカグヤへと接近をかけた。
「ゴメン、ちょっと裏行ってくる」
男が迫ってくるのを見て身の危険を感じたカグヤは他のスタッフに小声で一言言い残すと足早にその場を去って裏へと退避しようとした。
しかし男はズカズカと歩みを進めて裏へと足を進めようとする。
「お客さん、ここ先は関係者以外立ち入り禁止ですよ」
男がカグヤを追おうとしたところをある人物が呼び止めた。
シロガネ館のオーナー、レンであった。
レンから注意勧告を受けた男はしばらくカグヤに視線を向けるとその場を切り上げて踵を返した。
男を追い払ったレンは男を一瞥するとカグヤを追って裏に入っていった。
「おはようございます。 しかし変な方でしたね」
「はー……マジ怖かったです……」
裏でレンが声をかけるとカグヤは椅子に腰を下ろして頭を抱えていた。
ほんの一瞬ではあるものの、男の視線から受けた恐怖が頭にこびりついて離れない。
「しばらくここにいたほうがいいです。 気分が落ち着いたら今日はもう退勤しても構いません」
「すみません……そうさせてください」
レンは裏の入り口を警戒しながらカグヤに労いをかけた。
カグヤは恐怖で震える手でスマホを操作し、アルジェにメッセージを送信する。
『ゴメン、気分が優れないからシロガネ館まで迎えに来てくれる?』
『わかった。 すぐ行く』
メッセージの送信からものの数秒で返信が来た。
アルジェの護衛が確約されたカグヤは縋るような思いでスマホを握りしめた。
「カナメさん。 今日は災難でしたね」
「なんであーしがこんな目に遭わないといけないんですか」
カグヤは肩を震わせながらレンに問いかけた。
その答えをレンはすでに知っている。
「あの男との接点に何か心当たりはありませんか?」
「ないですよ。 顔も見たことない……」
「……でしょうね」
カグヤからの返答にレンは顔をしかめた。
相手は何らかの伝手を利用してカグヤがアルジェのマスターであり、アルムの宿主であることを一方的に突き止めている。
そうであればなおさらカグヤを一人にさせるわけにはいかない。
「明日からこの一件のほとぼりが冷めるまで一週間ほど特別休暇ということにします。 会社都合による休職扱いになりますので出勤予定だった分の給料は私から補填します」
レンはカグヤの身を案じて特別休暇を与えた。
すぐそこに脅威が迫っている以上、カグヤとシロガネ館のスタッフたちに脅威が及ばないようにするための措置であった。
ほどなくして裏口からアルジェがやって来た。
アルジェの顔を見たカグヤは安堵からアルジェの胸に飛び込んだ。
「カグヤ、気分は大丈夫?」
「マジ最悪。 お願い、あーしを守って」
カグヤの一言を聞いたアルジェは事態が深刻であることを理解した。
アルムが海外へ飛んでいる今、キメラからカグヤを守れるのはアルジェだけである。
アルジェは居合わせたレンの顔を見ると特に何を言うでもなくカグヤを連れてその場を後にした。
「あまり悠長に外を歩かない方がいい。 速度を出す」
裏口からシロガネ館を出たアルジェはカグヤをお姫様抱っこで抱えた。
カグヤは自分よりも小さな身体のまま軽々と持ち上げるアルジェの力を体感し、彼女が人外であることを再認識させる。
「あの、自転車どうしよう」
「同時に回収する」
アルジェは進路を変更し、カグヤを右肩に担ぐと彼女の自転車を空いている左肩に担ぎ上げた。
そのまま駐輪スペースから路面を凍結させ、カグヤと自転車を担いだまま氷上を滑走した。
こうして、エレメントキメラに目を付けられたカグヤは事実上の軟禁状態に置かれることとなったのであった。




