アルムとハチミツ
日が高く昇る前にクイーンビーキメラを仕留めたアルムは戦闘の手ごたえのなさに不思議な感覚を覚えつつもカグヤの元に帰ってきた。
飛び出してから戻るまで時間にして三十分程度の出来事であった。
「ただいま」
「おかえりー。ずいぶんと早いじゃん」
「うん。なんかあっさり終わっちゃって」
カグヤは予想外に早く帰ってきたことに驚いていた。
その場にいる誰もが意外に思っていたのである。
「お腹すいたなー」
アルムはそう言うと台所の方へと足を進めた。
普段ならちょうど朝食を食べている頃であり、戦闘直後で体力を消費したこともあって彼女は小腹を空かせていた。
「食パンとー……あと何かない?」
「ない。昨日買ってくるつもりだったんだけどさ」
カグヤはアルムから目を逸らしながら家に食料がないことを打ち明けた。
元々昨日の夕方に調達する予定だったのだが酩酊して寝てしまったためほとんど何も残っていない状態であった。
すぐに用意できるものは食パンぐらいであった。
「コンビニで何か買ってくるわ。アルムは何か欲しいものある?」
「チョコクッキー!」
「はいはい。行くよアルジェ」
カグヤはアルムのオーダーを確認するとアルジェを連れてコンビニへと向かった。
アルムは食パンをトースターにセットしながら付け合わせになりそうなものを探すが目ぼしいものは見当たらない。
そんな中、アルムはハチミツの入った瓶に目を付けた。
「これって食べられるのかな?」
アルムは瓶を眺めながら首を傾げた。
試しにふたを開けて匂いを嗅ぐと非常に甘美な香りが鼻先を包んだ。
この匂いによってカグヤは酩酊状態に陥ったもののアルムには特に変化はない。
どうやらキメラ相手には酩酊効果がないようであった。
甘い匂いにアルムは食欲をそそられた。
空腹と食欲の相乗効果に抗えず、スプーンでハチミツを少し掬いだすとそれを焼き上がった食パンの上に塗りつけて頬張った。
「んー!」
アルムはハチミツの味に感激した。
そのハチミツはこれまで食したどんなハチミツよりも口当たりがよく、甘みの中に仄かな渋みや苦みも入り混じった味わい深いものであった。
「カグヤにも食べてもらいたいけどまたあんな状態になっちゃうのは嫌だなー……」
食パンを食べ終えたアルムはハチミツの入った瓶の蓋を締めると台所の窓を開けて換気をした。
少量ではあったが得られた満足感は十分なものであった。
「ただいまー」
ちょうど匂いが抜けきった頃にカグヤとアルジェが帰ってきた。
二人の足音に交じってガサガサとビニールの音が聞こえる。
「おかえりー。ボクの分も買ってきてくれた?」
「とりあえずチョコチップクッキーね。あと食パンだけじゃ足りないかと思ってサンドイッチ買ってきた」
「ありがとー!」
カグヤがクッキーを渡すとアルムは嬉しそうにそれを受け取った。
そして即座に封を切るとクッキーをパクパクと口に運ぶ。
その日のカグヤは仕事が休みのオフの日だった。
カグヤはパソコンと向かい合ってこれまでの配信のアーカイブを見返しながら切り抜き動画を作成し、アルジェはスマホの画面を睨みながら次の配信の題材にするゲームを探す。
一方でアルムは休息に入っており、ソファの上で寝息を立てていた。
平日の朝、三者三様に静かな時を過ごす。
昼前のことであった。
アルジェはアルムがまだソファの上で寝ているのを発見するとちょっとしたいたずら心で彼女の寝顔を撮影しようと試みた。
アルムの眼前に回り込んだところでアルジェは何かを感じ取り、撮影を放棄してカグヤの元に向かった。
「カグヤ、アルムの様子が何か変」
「変ってどんな?」
「もう三時間以上寝てる。普段ならこんなに長時間昼間に休眠することはあり得ない。」
アルジェは感じた異変をカグヤに報告した。
アルムの平均睡眠時間は六から七時間ほどであり、昼寝をすることはあっても長くてせいぜい一時間といった具合である。
だが今のアルムは朝八時ごろにソファに寝そべってからすでに三時間以上経過しており、アルムのデータを記録しているアルジェの目には異常に見えた。
カグヤは作業を中断するとアルムの様子を観察した。
だがアルムは熱もなければ呼吸も脈拍も安定しており、身体的に異変が生じているわけでもない。
本当にただ眠っているだけにしか見えなかった。
「うーん……今朝の戦いで何かあったのかな」
「今朝戻ってきた時点では特に変わった様子はなかった」
「わからんなー。その内目を覚ましそうではあるけど」
カグヤは首を捻った。
アルムが長時間眠っていることに関して不思議に思うことこそあれど苦しんでいるような様子もなく、やはり寝ているだけにしか思えなかったのである。
結局その日の昼間にアルムが目を覚ますことはなかったのであった。




