酩酊カグヤ
午後四時、バイトを終えたカグヤがアパートに帰ってきた。
今日はフルタイムではなく早上がりのシフトだったのである。
「甘っ……」
カグヤは玄関を開けるなり鼻先を甘い香りに支配された。
香りの発生源はアルジェが持ち帰ってきたハチミツであった。
瓶に詰めて保管していたもののアルムがうっかり蓋を締め忘れており、中から匂いが漏れていたのである。
「何この……フレグランスなカンジと砂糖を混ぜたみたいな甘ったるい匂い」
カグヤは瓶から漏れ出る香りを嗅いでいる内に不思議な気分を感じ始めた。
その感覚は酒に酔ったときのそれによく似ていた。
カグヤはおぼつかない足取りになりながらリビングへと向かった。
「ただいまー。あれ?カグヤ帰ってきてたの」
カグヤの後を追うような形でアルムが帰ってくるとリビングの入り口で潰れているカグヤの姿を発見した。
アルムは一瞬首を傾げるが室内に充満する匂いから昼間に回収したハチミツの瓶の蓋を締め忘れたことに気づく。
「カグヤー?」
瓶の蓋を締めたアルムは横たわるカグヤに声をかけた。
カグヤはぼんやりした状態ながらアルムの呼び声に反応して視線を向ける。
「うーん、アルムー……」
「どうしたの?具合でも悪い?」
「いやー、むしろなんか気分いいわー」
カグヤは浮ついた声でアルムに語り掛けた。
普段と様子が違うことに気づいたアルムは探りを入れることにした。
カグヤの身体を抱え上げ、ソファの上に横たわらせる。
「どうしたのさー。何かいいことでもあった?」
「よくわかんないけどー、帰ってきたらなんか気分よくなってさー」
カグヤは帰ってきてから気分がよくなったことを伝えた。
「あー、その瓶って中身何入ってるの?アロマオイル?」
カグヤは机の上に置かれた瓶の存在に気付くと中身をアルムに尋ねた。
バイトに行く前には家になかったものであることにはすでに気づいている。
「ハチミツ……かな?」
「へー、通りで甘い香りがするワケだぁ」
アルムが瓶の中身を明かすとカグヤは独特なテンションでアルムに絡んだ。
(なるほど。原因は蜜の香りだな)
アルムはハチミツの香りによってカグヤが酩酊状態になったことに気づき、それと同時に自分たちキメラに対しては効力がないことにも気づく。
『戻ってきてー!カグヤが大変だよー!』
アルムはスマホでアルジェを呼び戻した。
メッセージの送信から数分後、アルジェはすぐにアパートに戻ってきた。
「これはどういう状況……?」
「たぶんハチミツの匂い嗅いでおかしくなっちゃったんだよー」
「うおー!ドチャクソタイプな女がおるー!」
アルジェの姿を見たカグヤはふにゃふにゃした挙動でアルジェに擦り寄った。
カグヤは銀髪、赤眼、低身長といった要素を持った女子を好みとしているため、彼女の目からすればアルジェは好みの要素を寄せ集めたような存在であった。
「あー、アルジェは可愛いなぁー」
「なるほど。確かに様子が違う」
カグヤはアルジェの頬をつまむと彼女の顔を撫でまわした。
普段では考えられないようなスキンシップにアルジェといえども困惑を隠せなかった。
「いいなぁ。ボクにもやってよー」
「よかろー」
アルジェとスキンシップするカグヤに対してアルムは自己主張した。
様子がおかしいとはいえ、カグヤに対して存分に甘えられるまたとない機会であった。
カグヤはアルムを自分の傍に招き寄せた。
「あー、顔のいい女に囲まれて幸せだなぁー」
カグヤは俗に塗れた言葉を漏らす。
『顔のいい女』はアルムとアルジェの二人と初めて顔を合わせた際に抱いた第一印象であった。
カグヤは今でもその印象を忘れていなかったのである。
「あーしねー、アルムとアルジェに出会えてよかったって思ってるんだぞー」
カグヤは酩酊状態になりながらしんみりと語りだした。
滅多に見せないカグヤの胸中にアルムとアルジェは聞き耳を立てた。
「ここで一人暮らし始めてからずっと一人でさ、たまにハルヒが来てくれるけどやっぱ寂しくて。配信で画面の向こうの人間と触れ合って紛らわしたりしてみたけど、どうしても寂しいって感覚は埋められなくてさ」
カグヤは過去に抱いていた感情を吐露した。
高校を卒業してすぐに一人暮らしを始めた彼女はその経緯もあってか常に寂しさを感じており、気の置けない話し相手に飢えていた。
配信を始めたのもその寂しさを紛らわすための試行錯誤の一環である。
アルムとの出会いはそんな彼女にとっては救いの手にも等しかった。
「今はアルジェもいてくれるし、ずっと二人がいてくれたらいいなーって思ってたりー」
カグヤは酩酊状態で本音を打ち明ける。
そんな彼女にアルジェは静かに息を吹きかけて体温を下げ意識を奪った。
「流石に気持ちが悪い。一度頭を冷やした方がいい」
「アルジェはマスター相手でもそういうことができるんだね……」
「正常でないカグヤの相手は私といえども疲れる」
カグヤを強制的に眠らせたアルジェはカグヤを寝室で寝かせるのであった。




