ハルヒの進路
カグヤがシロガネ館でのバイトに勤しんでいたとある日の夕方のことであった。
シロガネ館に珍しい客が訪れてきた。
「いらっしゃいませー。あ」
「いらっしゃいましたよ、お姉ちゃん」
なんとハルヒが客として訪れたのである。
高校の制服姿であるため、学校帰りにそのままこちらに来たことが伺えた。
「お目当てはどちらで?」
「赤本探しにきた」
「あー、もうそんな時期か」
ハルヒの目的を聞いたカグヤは納得したように膝を打った。
今の季節は初夏、世の高校生たちは夏休みを目前に控えて様々なことに備える時期である。
ハルヒは高校三年生である。
希望する進路が大学進学であるため、それに向けて本格的に動き始める時期であった。
「ハルヒはどこ受けるの?」
「北谷」
「あー、北谷ね」
受験用の問題集が集まったコーナーでハルヒは自身の進路希望を明かした。
ハルヒの志望する進学先こと北谷大学は地元の名門私立大学である。
毎年各学部の受験倍率が三倍以上に膨れ上がる人気の大学だが彼女の学力であれば十分に合格の見込みがあった。
「あそこ実家からだと遠くない?」
「まあね。だから合格できたら卒業するまでお姉ちゃんのところにいさせてもらおうかなーって」
カグヤが自宅の立地が通学に不便なことを指摘するとハルヒはさらりととんでもないことを口にした。
確かに北谷大学はカグヤの実家からだと片道でも電車で一時間以上かかるが今カグヤが住んでいるアパートからなら電車通学で三十分程度で通学できる。
それも見越してハルヒは進学後はカグヤの元に滞在することを計画していたのである。
「……」
「お姉ちゃん?」
「あー、ちょっと考え事しててさ。もうちょいで退勤するからその時に話すわ」
カグヤはスマホで時間を確認しながらハルヒに伝えた。
時刻は午後五時四十分、今日のカグヤの退勤時刻は午後六時。
あと数分で退勤時間であった。
「わかった。適当に待ってるね」
ハルヒは目当ての赤本を手に取るとレジに向かいながらカグヤの退勤を待つことにした。
会計を済ませ、マンガや雑誌のコーナーを回りながら時間を潰す。
そして午後六時を少し過ぎたころになると退勤したカグヤがハルヒの元に合流した。
「お待たせ。さっきの話の続きなんだけどさ。あーし遠くないうちに引っ越ししようかと思ってて」
「……引っ越し?」
シロガネ館を出てすぐの入り口でカグヤはさっきの話の続きを持ち出した。
ハルヒは姉の口から飛び出た言葉に耳を疑った。
「どこに引っ越すの?」
「遠くにはいかないよ。年内に近場で今より広い物件に引っ越そうかなーって考えてるだけだから」
カグヤはハルヒの追及に対してぼんやりとしたイメージを語った。
まだ引っ越しをしようという計画を立てている途中の段階であるため、具体的なことは何も考えられていない。
だがハルヒの話を聞いたことによって『できるだけ今の家から離れていない場所』という立地条件が念頭に入ってきた。
「まさかお姉ちゃんが引っ越ししたいなんて考えるなんてねー」
「元々一人暮らしだったからあれでよかったんだけどさ今はアルムとアルジェが一緒だからさ?ちょっと狭くなっちゃって」
カグヤが引っ越しを考えた動機は至極まともなものである。
アルジェが同居を始めたことに関してハルヒは初耳であった。
「アルジェちゃんって今お姉ちゃんと一緒に住んでるの!?」
「まあいろいろあってねー。配信にも出てもらってるよ」
ハルヒはカグヤがアルジェを篭絡した事実に驚きを隠せなかった。
鉄面皮で感情に乏しいような少女という印象の強いアルジェですら落とす姉の人たらしぶりに戦慄すら覚える。
「お姉ちゃん、どんな手を使ったの?」
「時間かけて説得しただけー。たまたまあーしのことをマスターだと認識してたみたいだからワンチャンあるかもーって思ったら本当に行けちゃったってカンジだよね」
「マジか……」
カグヤはアルジェを攻略した方法をゆるりと語った。
当時のアルジェはアルムの命を狙っており、それと同時にカグヤのことをマスターと認識しているという状態であったためまともに接触できる人物が自分しかいないという覚悟を背負ったうえでの行動であった。
しかしハルヒの目からすればいつもの姉のやり口であったためまるで参考にならない。
「ハルヒ明日も学校でしょ?駅まで送ってくわ」
カグヤはハルヒを最寄り駅まで送っていくことにした。
今日は週末ではなく平日の真ん中であり、ハルヒには明日も学校がある。
カグヤがスマホのグループにメッセージで集合の合図をかけるとアルムとアルジェが飛ぶような速さでやってきた。
人外のキメラが二体という最強の護衛である。
(飼いならされてる……)
二体のキメラを口先一つで動かせる姉の強かさにハルヒはまたしても戦慄を感じずにはいられなかった。
「ハルヒ。久しぶり」
「久しぶりだねアルジェちゃん。お姉ちゃんと一緒に暮らして楽しい?」
「楽しい。配信でみんなもゲームで遊んでくれる」
アルジェはハルヒと会話を弾ませた。
表情こそほとんど動かないものの、ハルヒはとあることに気づいた。
(ちょっと眉が動いてる……)
アルジェは目や口元の動きこそ乏しいが眉が多少傾くことを発見した。
今は眉尻が上がっているため喜びや楽しみを表現していた。
「へー、ハルヒって今年受験生なんだ」
「受験のこと知ってるの?」
「うん。アニメとかドラマで見たことあるよー」
アルムはハルヒが受験生であることをカグヤ伝手に聞いて話を広げた。
細かいことまではわからないものの受験という文化は知っており、ハルヒがその当事者であることに感動を覚えた。
四人で話をしているとあっという間に駅まで到着した。
次の電車の到着まであと五分程度であった。
「じゃあねー!今日はありがとー!」
「気をつけてなー」
「またねー!」
「また来てほしい」
カグヤたち三人は改札を抜けてホームに向かうハルヒを見送ると自らも帰ることにした。
「今日の夕食はどうする?」
「この時間に全員外にいるし外食でもするかー」
ハルヒを送り届けたカグヤたちはカグヤの思い付きで外食をすることにした。
「やったー!じゃあボクは焼肉行きたいなー」
「却下。前連れてったら二人で一万超えたし」
「ファミレスというものに行ってみたい」
「よし。じゃあそれで」
三人は寄り道をしながら夜の町を歩くのであった。




