さらに変化する日常
カグヤを取り巻く環境はアルジェの出現によってまた変化を起こしていた。
カグヤとアルムから配信に関するイロハを教え込まれたアルジェは短期間で単独配信をできるまでになった。
アルジェは得意のゲームでの視聴者参加型対戦配信、アルムはキメラならではの視点と人懐っこさをナチュラルに発揮する雑談配信とそれぞれの得意分野を活かした配信が独立した層のファンを獲得し、リスナー数は日に日に増えていった。
紆余曲折ありながらもなんだかんだで良い方向に転がっていくとある日のことであった。
「これが私のスマホ……」
アルジェがスマホを手にしたことでようやく連絡を付けられるようになった。
端末はもちろんカグヤ名義での契約である。
「いやー配信で稼げるようになってよかったねー」
「まったくだよ」
冗談のように語るアルムに対してカグヤはマジトーンで返答する。
アルムにスマホを与えたときは配信が収益化されていなかったため、なけなしの貯金を切り崩していた。
もし配信の収益がなければアルジェにスマホを与えることなど到底できそうにはなかったのである。
アルジェは説明書を片手にスマホの初期設定を始めた。
彼女には現代の知識が最初から入っているため機械類にも問題なく触れられる。
アルムは思わず目を疑った。
「ボクはカグヤにやってもらったのに……」
「その内あーしらより機械に強くなるよこの子」
黙々と設定に勤しむアルジェの後姿を見たアルムとカグヤは感心するように耳打ちしあった。
「カグヤ。設定が終わった。連絡先を交換しよ」
十数分程度で初期設定を終えたアルジェはスマホを片手にカグヤに連絡先の交換を要求した。
そもそもの主目的がそれであるため、カグヤはそれを了承してアルジェと連絡先を交換する。
そのままアルムとも流れで連絡先を交換し、カグヤが三人のグループを作成する。
「これは何?」
「グループチャット。この中のメンバー全員に伝えておきたいことがあるときはこっちにコメント付ければ楽っしょ」
そんなやり取りを交わす中、カグヤはふと家の中に目が行った。
そしてとあることを考える。
「どうしたのカグヤ」
「今さ、初めてこの家を狭く感じちゃって」
カグヤは今暮らしているこの部屋に狭さを感じるようになっていた。
元々このアパートは空間的にも大した広さはない。
これまでは一人暮らしであったため全く気にならなかったがそこにアルムが転がり込み、さらにアルジェを迎えたことで多少の狭苦しさが出てきた。
さらに今後も配信活動をするにあたっていろいろと支障が出る可能性もあった。
「どうするの?」
「引っ越し……考えないといけないかなぁ」
カグヤはふとぼやいた。
彼女の中で真っ先に思いついた案が『今より広い家に引っ越す』ことであった。
今すぐに引っ越すことは流石に無理ではあったが配信収入のことを考えればそう遠くないうちに実現できる見込みはあった。
というのも、チャンネルの配信によって得られる収益はすでにカグヤの月々のバイト代を超えるほどに大きくなっていたからである。
「まあでも引っ越す家もまだ何も決まってないし、するにしても引っ越しの日取りも考えないといけないから。それに……」
「それに?」
「たぶんあーし一人じゃ住宅ローン組めない……」
カグヤは引っ越しに関する懸念を吐露した。
アパートではなく一軒家への引っ越しを考えていた彼女には非常に大きな障壁があったのである。
それが『住宅ローン』であった。
「この家にはどうやって引っ越してきた?」
「その時は相当いろいろあったけど父さんに頭下げて保証人になってもらったんよ」
「じゃあまた頭を下げればいい」
「うぐ……そうかもしれないけど……」
アルジェが提案するとカグヤは言葉を詰まらせた。
解決方法自体はそれが最短ではあるがカグヤにはそこに踏み込めない理由があった。
「前にアルムは聞いたことあるけどさ。あーし父さんとめっちゃ仲悪くて」
「あー、前にハルヒが言ってたね」
カグヤが問題の解決に踏み込めない理由、それはカグヤと父との親子関係の険悪さにあった。
高校生時代に一悶着を起こしてこのアパートで独り暮らしを始めて以来カグヤは一度も実家に帰省しておらず、電話越しにすら一度も父の声を聴いていないほどに嫌悪している。
「カグヤの父親を見てみたい」
「確かに。妹のハルヒはよく見るけどお父さんとお母さんは見たことないもんね」
「また父さんと向き合わなきゃいけないかなぁ……」
アルジェとアルムの純粋な好奇心に押され、カグヤは今まで目を背けていたものと再び向き合う覚悟を迫られるのであった。
一方その頃、時を同じくしてシロガネ・レンは焦燥していた。
これまで生み出したキメラたちが悉く金龍に倒されてきたのに加え、その金龍を征するために生み出した銀龍さえも離反してしまったからである。
レンには二つの野望がある。
一つは『錬金術の極致』とされる『あるもの』を錬成すること、もう一つは『それを妨害してくる金龍と銀龍の排除』であった。
しかしその両方を同時に遂行できるキメラを作ることはできない。
なぜなら前者の助力となるキメラは金龍と銀龍を相手にできるほど強くはならず、後者は意思の疎通が行えなかったり制御に難があるためである。
(であれば)
次なる行動を考案したレンはそれを遂行すべく新たなキメラの作成に着手した。
いったん立て直し、金龍と銀龍の打倒から目を背けて『あるもの』への足掛かりと繋ぐことにしたのである。
「頼みましたよ」
「お任せください。必ずやご期待に応えます」
レンは自らの手で生み出したキメラに命令を与えるとキメラはそれに応じて早速行動を開始した。
黒と橙の毒々しい警告色を湛えたその身体が羽音と共に夜の闇の中に消えるのであった。




