カグヤの『もしも』
スネイルキメラとの二度目の戦闘を終えた夜、アルムはカグヤにその日のアルジェの行動を話した。
「アルジェはボクに味方したつもりはないって言ってたけど、確かに自分の意志で行動してた。マスターの命令なんかじゃない」
「なるほどねえ」
話を聞いたカグヤはとあることを考えた。
そしてそれをすぐにアルムに打ち明ける。
「ねえアルム。もしも、もしもだよ。アルジェがあーしの元に身を寄せることになったらアルムはそれを受け入れてくれる?」
「え゛っ」
カグヤから切り出されたもしもの話にアルムは驚かされた。
一度は自分の命を脅かし、その後も自分に敵対するような行動を取ったアルジェがカグヤの元に身を寄せる可能性などアルムには想像もできないことであった。
「なんでそんなこと考えたの?」
「アルジェはあーしのことを本気でマスターだと思ってるみたいだしさ。あの子意外と気まぐれだし、その気になったらこっちに来てくれるかも。なんて思っちゃったわけ」
カグヤはその可能性を考えるまでに思い当たった理由をアルムに語った。
一つはアルジェはカグヤのことをマスターだと認識していること。
これは今までアルジェがカグヤの言葉に従ってアルムを見逃したり、クロウキメラと戦ったことからアルムの目にも明白である。
そしてもう一つはアルジェが今回の一件で明確な自我を見せたことであった。
「で、アルムはどう?」
「難しいなぁ。アルジェはボクと戦うために生まれたキメラだし、そのキメラと一緒にいるっていうのは複雑かも……」
アルムは珍しく難色を示した。
彼女の言う通り、アルジェは明確にアルムと戦闘するために生み出されたキメラであった。
カグヤの説得に応じてトドメこそ刺さなかったものの、アルムを倒すという目的自体は今も持ったままである。
改心するという保証もなく、そんなアルジェと同じ屋根の下で暮らすのはさしものアルムといえど不安は拭えなかった。
「そっか。もしそうなったらどうするかあーしもちょっと考えてみるわ」
アルムの反応を見たカグヤはシチュエーションに対して真面目に考察する姿勢を見せた。
アルジェが味方になってくれる可能性があるとしたら、彼女のマスターとしてアルムと和解するためのきっかけを用意しなければならない。
そのために自分にできることは何か、それを考えるのであった。
「……?」
「どうかした?」
「今キメラの気配がしたような気がして」
アルムはキメラの気配を感じ取った。
しかしそれはほんの一瞬であり、すでにその気配は感じられなくなっていた。
気のせいとは思えない感覚に不穏な感覚が過った。
カグヤがシャワーを浴び終え、就寝前に前にくつろいでいたところに部屋の呼び鈴が鳴った。
時刻は午後十一時過ぎ、明らかに客人ではない。
「アルム、一緒に来て」
万一に備え、アルムを傍に付けてアルムは玄関を開いた。
するとそこにはアルジェの姿があった。
「アルジェ……?」
カグヤはすぐにアルジェの様子がおかしいことに気がついた。
アルジェの身体は小刻みに震えており、呼吸が明らかに乱れている。
「カグヤ……」
アルジェは震える声でカグヤの名を呼ぶと事切れたように膝から崩れて倒れ込んだ。
倒れたアルジェの背を見たカグヤはアルジェの身体に起きた異常の原因を理解した。
彼女の背には何かに刺し貫かれたような跡があり、そこを起点にして肌が赤紫色に変色を起こしていたのである。
カグヤはアルジェの身体を抱え上げると部屋に連れ込んで布団の上に横たわらせた。
「どうしよ、これたぶん毒だよね……」
カグヤは狼狽えた。
アルジェが負った傷はただの傷ではなく、彼女が毒に侵されていることはそれとなく察しがついたものの、それにどう対処すればいいのかわからなかった。
人間と身体構造が違うキメラであるが故に医療機関にも頼れない。
「カグ……ヤ……」
息を吹き返したアルジェが意識を朦朧とさせる中でカグヤに呼びかけた。
しかしその声は吐息同然で非常に弱弱しく、それが逆にカグヤの不安を煽りたてる。
「アルジェ。今は喋らなくていいから、ね?」
カグヤはあえてアルジェの言葉を遮ると安心させるようにアルジェの手を握った。
アルジェはそっとカグヤの手を握り返すと再び瞼を閉じて意識を失った。
意識を失ってはいるもののその手はしっかりとカグヤの手を握っており、潜在的な気力を感じさせた。
カグヤはアルジェの手を握ったまま自分にできることを考えた。
意を決し、アルジェにうつ伏せの姿勢を取らせると差し口の周囲を圧して毒を抜きだそうと試みた。
傷口からゼリー状に固まった赤黒い血が排出され、一応の効果は見せるものの毒はすでに浸食が進んでおり、それを見せつけるかの如く肌の変色が徐々に拡大していく。
「ねえアルム、アルジェって電気喰らっても平気なんだよね」
「そうだけど。何するつもり……」
カグヤは毒の排出をいったん止めるとアルムに確認を取った。
それに対してアルムは事実を答えるがカグヤの意図が掴めなかった。
「アルジェに電気を流して毒を焼き尽くす」
「そんな無茶な!?」
「アルムは電気の力で回復できるんでしょ?アルジェもアルムのデータを基に作られてるんだからきっと同じことができるはず」
カグヤはアルジェに電気を流すようにアルムに指図した。
アルムは電気の力で生命力を活性化させて回復を早めることができる能力がある。
そしてアルジェはアルムの能力を基にして作られたキメラであるため、同じ能力が備わっている可能性に賭けようとしたのである。
というよりは解毒方法がわからない以上は試せる手がそれしか残っていなかった。
「どうなっても知らないからね」
アルムはカグヤに前置きをすると彼女と位置を交代し、アルジェの背中の傷に右手を触れた。
そして微弱な電気をアルジェの身体に流し込んだ。
しかしアルジェの身体には何も反応が見られない。
アルムは段階を踏むように電気の強度を上げていき、ある程度まで行ったところでようやくアルジェの身体が反射的に動いた。
彼女の身体は人間の姿でも高い電気耐性が備わっていた。
(ボク、なんで敵を助けてるんだろ……)
アルムは手当て中に自身を客観視した。
アルジェは自分とキメラとの戦闘を妨害する敵である。
見捨てていれば自分の活動を妨げるものがそのままいなくなるうえ、相手が人間でない以上はその選択肢を取ることだってできた。
しかし今のアルムはカグヤの一言でそれを否定してアルジェの命を助けようとしていた。
アルムは自身の尻尾をコンセントに突き刺し、放電用の電気を供給しながらそれをアルジェへと流し続けた。
数十分に渡る荒治療の末、アルジェはようやく呼吸を落ち着かせ始めた。
カグヤの見込みは奇跡的に正解を引いたのである。
アルジェの呼吸が落ち着いたのを確認したアルムはそっと触れていた手を離した。
長時間放電を続けていた影響で彼女の手はかなりの熱を帯びている。
時刻は午前零時を過ぎており、手当が長丁場になったことを後々になってようやく気付いたのであった。
「ありがとうアルム」
「どうしてアルジェを助けたの?」
「あーしはこの子のマスターだから。きっとこの子はあーしを頼ろうとしてボロボロの身を引きずってまでわざわざここまで来たんだよ。それを見捨てるなんてあーしにはできない」
アルムの問いにカグヤは静かに答えた。
『助けを求められたように感じたからそれに応じた』
それがカグヤの答えであった。
アルムはカグヤの内に秘められた見せた底なしの善性を見たのであった。




