銀龍とカナメ姉妹
朝八時三十分、カグヤたちは朝からばたついていた。
もうすぐ午前九時、アルジェが家にやってくる時間になる。
「よし、まあこんなもんか」
「あとはそのアルジェって子が来るのを待つだけだね」
カグヤとハルヒは支度を済ませてリビングで待機した。
そんな二人の様子をアルムが寝室から顔だけ覗かせて不満げに観察している。
「どうしてボクは来ちゃダメなの?」
「アンタを倒すために作られたキメラとアンタが顔合わせたら何が起きるかわかんないでしょ。だからそこで大人しくしてて」
カグヤはそう言い聞かせるとアルムを寝室で待機させた。
アルジェはアルムを倒すために能力を調整され、アルムを倒すことを使命とするキメラである。
カグヤによる制止が利く相手とはいえ、アルムと接触させるのは非常に危険であった。
時計が秒針が時を刻む音だけがわずかに響く。
針が午前九時を示したその瞬間、部屋の呼び鈴が鳴った。
カグヤとハルヒは顔を見合わせ、無言で首を縦に振るとカグヤが玄関に向かった。
「おはようカグヤ。約束通り会いに来た」
カグヤが玄関を開けるとアルジェがこちらを待っていた。
前回見たのと変わらない小柄な銀髪赤眼の少女の姿であった。
「おいで」
カグヤはアルジェをそっと迎え入れた。
アルジェは靴を脱いで上がり込み、前回と同じようにリビングに向かった。
アルジェはリビングに入って早々にハルヒの方に視線を向けた。
初めての対面でハルヒに緊張が走る。
「カグヤ、彼女は誰」
「カナメ・ハルヒ、あーしの妹」
「初めまして……」
カグヤから紹介を受けたハルヒは恐る恐る会釈を交えながらアルジェに挨拶をした。
アルジェは挨拶を返さず、その場に立ち尽くして無言でじっとハルヒの顔を見つめる。
「なるほど。確かにカグヤと似ている。初めまして、私はアルジェ」
「はい。じゃあお互いに挨拶が済んだところでアルジェはこっちに座って」
アルジェはしばらくハルヒを見つめるとようやく挨拶を返した。
カグヤはアルジェを寝室を背にするように位置取らせて座らせると自分はハルヒと二人でアルジェと相対するように座った。
「まず初めに。今日は来てくれてありがと、アルジェ」
「礼には及ばない。ただマスターの命令に従っただけのこと」
カグヤは会話の中でアルジェのパーソナリティを理解しようと試みた。
アルジェは言葉遣いが機械的で声の抑揚がかなり少なく、また表情の起伏も皆無と言っていいほどに乏しい。
だがその言い回しの節々には感情らしきものが見え隠れしており、カグヤはそれを読み解けばアルジェの思考や人格を理解できると踏んだ。
「早速だけど聞きたいことがあるの」
「構わない」
「貴方を作ったマスターって誰?」
カグヤはいきなり踏み込んだ質問を仕掛けた。
アルジェの肉体を作ったマスターはそれ即ちキメラを現代に蘇らせた人物である。
その正体さえ分かってしまえばキメラとの戦いを終わりに近付けることができるはずであった。
「それに答えることはできない」
「あーしの命令でも?」
「マスターから守秘命令を受けている。相反する命令には従えない」
アルジェは守秘命令に反するとしてカグヤの質問への回答を拒否した。
それを受けたカグヤはスマホにアルジェの発言をメモし、法則性を見出そうと次なる質問を試みる。
「もしアルムを倒すことができたとして、それから何をしたい?」
「次の命令に従う」
「そうじゃなくて、アルジェは自分のやりたいこととかないわけ?」
「わからない」
「向こうの命令とあーしの命令だったらどっちに従いたい?」
「……わからない」
カグヤが質問を進めるとアルジェは一瞬回答を詰まらせた。
彼女には『自我』はあるが『自己』がなかったのである。
その行動規範は他のキメラと同じくマスターからの命令だが二人のマスターの間に優先順位の優劣はなく、先に相反しない命令であれば受け付けてくれる。
つまりいざとなればカグヤの命令に従わせられるチャンスもあるということを意味していた。
「ハルヒ、なにか聞いてみたいことある?」
「えっ、私?」
カグヤは唐突にハルヒに話を振った。
ハルヒはキメラに関する知識はほとんどなく、アルジェのこともたった今知ったばかりである。
そんな状態で何を質問すればいいのかなど到底見当もつかなかった。
「アルムさんとはどういう関係で?」
「私はアルムのデータを基に作られたキメラ」
ハルヒはアルジェにアルムとの因縁を確認した。
アルジェはそれに対して律儀に答える。
「じゃあアルジェちゃんはアルムさんの妹さんってことだね」
「類似点はあるが血縁などはない」
ハルヒはアルジェとアルムを関連付けて考えることにした。
両者には日本人離れした外見やドラゴンの姿になれるキメラなど共通点が多いため、ハルヒの目には姉妹のように見えたのである。
「そういえばアルムさんは人間の姿のまま角と尻尾を出せるけどアルジェちゃんはできるの?」
「恐らくできる。しかしやったことはない」
「じゃあやってみせてよ」
ハルヒはアルジェに一芸を求めた。
アルジェはハルヒがなぜそんなことをさせようとするのかまるで理解できなかったが言われるがままに銀龍の角と尻尾を露出させた。
アルムのものと形状が似た黒い角が鈍く光る。
「かわっ……」
「お姉ちゃん?」
「いえ、なんでもございません」
アルジェの姿を見て本心が言葉に出かけたカグヤにハルヒが牽制をかけた。
カグヤは咳払いをして挙動を誤魔化し、平静を取り繕う。
「できた。でもこれに何の意味がある?」
「うーん、私もよくわかんない」
アルジェが行動の意図を尋ねるとハルヒも一緒になって首を傾げた。
彼女としてはただコミュニケーションの一端として話を振っただけであるため、そこに深い意図など何もない。
この『意図のないやり取り』をさせることでアルジェがどのような反応を見せるかを確認するのがカグヤがハルヒに質問をさせた狙いであった。
「アルジェちゃんはどんな食べ物が好き?」
「わからない」
「今日は朝ごはん食べた?」
「食事はとっていない」
「よーし、わかった!」
会話の中でアルジェが食事をとっていないことを知ったハルヒはおもむろに立ち上がった。
ハルヒの行動の意図がわからずアルジェは思考を停止したように硬直する。
「何をしている?」
「朝ごはん作ってあげる。私たちはもう食べちゃったから簡単なものになるけどいいかな」
ハルヒは台所に立つとエプロンを着用してアルジェの朝食を作り始めた。
自分よりも小柄なアルジェが空腹を感じているのではないかと思うと自然と身体が動いていた。
カグヤはリビングに居座ったままハルヒにサムズアップのサインを送った。
ものの数分でマーガリンの塗られたトーストとベーコンエッグがアルジェの元に運ばれてきた。
アルジェにはカナメ姉妹の行動がまるで理解不能であった。
「はいどうぞ」
「食べてみてよ。ハルヒは料理上手だから絶対美味しいよ」
カグヤが一押しを入れるとアルジェはハルヒの作った朝食に手を付けた。
「温かい……」
「どうよ。美味しいっしょ」
アルジェは初めて食事に『温かさ』を感じていた。
それまで彼女の食事は常温保存された既製品を摂取するのみであったため、初めての感覚であった。
一口、また一口と温かい食べ物を口に運ぶアルジェの姿をカグヤとハルヒは微笑ましく見守る。
その時、カグヤはアルジェは精神的に未熟で子供っぽい面が多いことを発見したのであった。




