惹きつける力
その日の夜、カグヤのアパートはハルヒを交えて三人で夜を過ごしていた。
アルムのために慣れない炊事をしようとしてうまくいかなかったカグヤがハルヒを呼びつけ、それに二つ返事で応じたハルヒがやって来たのである。
「ハルヒが来てくれて助かったよー」
「これぐらいお安い御用です」
カグヤがハルヒへ感謝を伝えるとハルヒは謙遜するように答えた。
「さっすがあーしの可愛い妹よ」
「それほどでも。えへ、えへへ」
カグヤがハルヒを甘やかして撫で回すとハルヒはデレデレな姿を見せた。
姉妹の仲睦まじい様子をアルムはニコニコしながら見守る。
「後片付けはあとであーしがやるから。シャワー浴びてくるー」
カグヤは先に夕食を終えて自分の使った食器を流しにまとめるとそのまま浴室へと向かっていった。
彼女は今朝から負傷したアルムを家に抱え込んで手当をし、その上で家事を最低限こなしてバイト周りのケアに奔走してとひっきりなしに動き回っていたため汗を流したかったのである。
リビングにはアルムとハルヒの二人が残った。
「ケガはどう?」
「まだ痛むかなぁ」
ハルヒが調子を尋ねるとアルムは下腹部を抑えながら言った。
自力で移動できる程度には回復したものの、傷口はまだ塞がっておらず疲労も引きずったまま。
万全とは到底言えない状態であった。
「ねえハルヒ。ボク、カグヤがあんなに強いなんて知らなかったよ」
「お姉ちゃんが何かやったの?」
今度はアルムが話題を切り出すとハルヒはそれに相槌を打った。
それを受けたアルムは今朝の出来事の一部始終をハルヒに語った。
「へぇー、そんなことがあったの」
「ハルヒはカグヤにあんな力があるって知ってたの?」
「もちろん。私はアルムさんよりずっと長くお姉ちゃんのこと見てるからね」
ハルヒは得意げに言ってのけた。
彼女は生まれてから十七年以上ずっとカグヤのことをそばで見てきているため、アルムよりもはるかに姉の人物像への理解が深かった。
「お姉ちゃんね、自分にできることとできないことがちゃんとわかってるんだよ。だから自分ができることは自分でやるし、一人でできないことはすぐに周りに助けを求められる。昔からずっとそうなんだ」
ハルヒは姉の能力についてアルムに明かした。
カグヤは元々得手不得手の差が激しい人間であり、本人もそれを自覚している。
運動も勉強も決して得意とは言えない、どちらもハルヒの方が優秀と言ってもいいぐらいであった。
だが『自分の求めるものの、ために他人の力を借りる力』すなわち『人を動かす力』に関しては非常に秀でたものがあった。
ハルヒの話を聞いたアルムは今朝のカグヤの姿を思い出した。
カグヤは覆ることはあり得ないであろう力の差も顧みずにアルジェの前に立ちはだかっただけでなく、啖呵を切って戦闘を止める要求を通した上で話をする機会まで取り付けた。
己の身一つでそこまでやってのけたのもそれが『今の自分にできること』だったからに他ならない。
カグヤが見せた覚悟と『人を動かす力』の前にアルジェも無自覚に絆されたのかもしれない。
その場で自分ができることだと思い込めば自分の命を捨てる覚悟すら簡単にできてしまう。
それがカナメ・カグヤという人間であった。
「ハルヒがカグヤのことを慕ってる理由が分かった気がするよ」
「でしょ。普段はちょっと抜けてるところがあって危なっかしいところもあるけど、頼み事されるとなぜか断れなくてみんな手を貸しちゃうんだよね」
ハルヒはアルムの発言に理解を示すと姉との思い出話を始めた。
「私が小学生の頃の話なんだけどね、上級生にすごくワガママな子がいてその子に私のお気に入りだったキーホルダーを取られたことがあったの。その子は親がお金持ちで同級生でも逆らえないぐらいの子だったんだけど、それを知ったときにお姉ちゃんがすっごく怒って」
「怒って?」
「直接取り返しに行ってくれて、それがダメだったから今度は先生たちと上級生の子たちに話を付けに行って、最後にはキーホルダーを取り返してくれたの。私のキーホルダー取った子もそのあと私にすっごく謝りに来てくれて。それから後に一度も悪いことしなくなったから、私はずっとお姉ちゃんのこと尊敬してる」
ハルヒは小学生の頃に自分がちょっとした事件の被害者になったことがあった。
妹が被害を受けたことにカグヤはたいそう憤り『自分にできること』と『人を動かす力』を最大限に発揮して取り返して見せたどころに留まらず、加害者の学校内での序列を崩壊させてすらいる。
カグヤの持つ『人を動かす力』は天性のものであった。
「先もらったよー。アルムははよ寝ろ」
「えー。まだ早くない?」
「アンタには一刻も早く回復してもらわないとキメラが出たときにあーしらが困るの」
シャワーを終えてリビングに戻ってきたカグヤは理屈をこねてアルムを寝室へと押し込んだ。
時刻は午後八時、普段なら配信をしているぐらいの時間であるため就寝にはかなり早い。
だがカグヤの主張自体はもっともであるため、アルムは大人しく寝室へと入っていった。
「ねえハルヒ、明日会ってもらいたい子がいてさ」
「会ってもらいたい?私に?」
「うん。アルジェっていう子でさ、今朝アルムをボッコボコにしたキメラ」
カグヤの発言にハルヒの表情が凍りついた。
カグヤはハルヒとアルジェを対面させようとしていたのである。
初めから計画していたことではなく、ついさっきシャワーを浴びているときに思いついたことであった。
「そ、それって私が会っても大丈夫なの……?」
「大丈夫。アルジェはあーしのことマスターだと思ってるみたいだし、マスターのことは傷つけないって言ってたから。なんならアルジェはうちの場所知ってるし
明日の朝九時に来るよ」
ハルヒがアルジェの危険性を懸念するとカグヤは安全を担保した。
呑気に口走るカグヤにハルヒは困惑するばかりであったが姉が自分をただ危険な目に遭わせるはずがないという信頼もあったため、それに応えることにした。
こうしてカグヤはハルヒを巻き込んで明日のプランニングを進めるのであった。




