使命の遂行
アルムとアルジェの戦闘が発生したその日の夕刻。
アルジェはレンの自宅にて一人静かに待機していた。
ほどなくして家の主であるレンが玄関を開ける音が聞こえる。
「ただいま戻りましたよ」
「おかえりマスター」
レンが外行きと変わらない穏やかな口調でアルジェに接するとアルジェは抑揚のない声で返事を返した。
「今朝の戦いぶりはお見事でした」
「当然のこと」
レンが賞賛の言葉を贈るとアルジェは不遜とも取れる反応を見せた。
彼女はアルムと戦うために時間をかけて能力を調整されたキメラであるため、当然といえば当然の働きをしたまでであった。
「金龍を仕留めることはできましたか?」
「失敗した。寸前でカナメ・カグヤの介入を受けた」
アルジェはアルムを仕留め損ねたことをありのままに報告した。
レンは渋い表情を浮かべる。
「人間の介入があったから仕留め損ねたと」
「カナメ・カグヤは私のもう一人のマスター。マスターを傷つけることはできない」
アルジェの言い分を聞いたレンは衝撃を受けた。
彼女がカグヤをマスターと認識していることを今の今まで知らなかったのである。
「貴方のマスターは私のはずですが」
「確かに私の肉体を作ったマスターはシロガネ・レン、しかし私の力を構成するデータを提供してくれたマスターはカナメ・カグヤ。二人が私のマスターであることは矛盾しない」
レンがマスターであることを主張するとアルジェはそれを肯定した上でマスターが二人同時に存在することは不自然なことではないと自論を展開した。
「貴方の使命は金龍を倒すことですが、もしカナメ・カグヤの介入があればその都度それを中断すると?」
「私にカナメ・カグヤを傷つけることはできない。たとえシロガネ・レン、貴方の命令だとしても」
レンが念を押すとアルジェは断言した。
マスターの命令は絶対のキメラであってもマスターを自ら手にかけることは断じてない。
想定外の現象が起きたことにレンは頭を抱えた。
「金龍には深手を負わせた。しばらくはまともに戦えない。マスター、私は何をすればいい」
「金龍が出てこないのであれば私からの追加の命令はありません」
「そう。なら命令があるまで好きにする」
レンからの言質を取ったアルジェはふらりと部屋から消えていった。
アルジェがいなくなるとレンは大きくため息をついた。
まさか自分の思い通りに行動しなくなるイレギュラーが発生するとは思いもよらなかったのである。
アルジェはマスターであるレンの命令には従うものの、独自の判断基準を持っているため完全に従順というわけではない。
レンはアルジェが独断で動いた理由を整理した。
するととある事象が理由に上がった。
(AIがアルジェの行動に影響を与えているのか……?)
レンが見当をつけたアルジェの思考パターンが他のキメラと違う理由、それはアルジェが思考の補助に学習型のAIを搭載していることであった。
自身が作成するキメラは個としての能力でどうしても金龍を上回ることができなかったため、AIなどを駆使してキメラと機械のハイブリッドとすることで金龍を上回る反応速度と出力を得る。
アルジェは現代ならではの技術を盛り込んだ最初の新型キメラであった。
結果として目論見通りに反応速度や出力を従来より大幅に上げることができたものの、単独行動を起こすほどの自我を獲得することまでは予想がつかなかった。
このままアルジェに任せても自身の計画は進まないことを予見したレンは次なるキメラの製造に着手した。
外部によるイレギュラーが介在しない、これまで通りのオリジナルのキメラである。
着手からわずか数時間程度で一体のキメラが誕生した。
レンによる独自の技術改良により、製造に必要な時間は大幅に削減されていた。
「マスター。ご命令を」
虹彩色を羽を持った鳥型のキメラ=クロウキメラは目覚めると同時にレンからの指示を仰いだ。
「カナメ・カグヤを排除してください。この写真の人物です」
レンは具体的に指示を出しながら標的となる人物の写真を見せた。
アルジェに与えた命令の実行においてノイズとなるカグヤを排除するのがクロウキメラに与えられた使命であった。
「仰せのままに」
クロウキメラは写真を見るとその姿を記憶し、命令を実行すべく行動を開始するのであった。




