カナメ・カグヤは退かない
『どういうつもり?』
アルジェは攻撃と手を止めてカグヤに問いかけた。
「アルムを助けにきた」
カグヤはアルジェの目を見てはっきりと答えた。
『わからない。戦えば貴方が負けるのに』
「確かに戦えばあーしは絶対勝てない。でも前に言ったよね、キメラはマスターを傷つけられないって」
行動の意図が理解できず疑問を呈するアルジェにカグヤは強がるように啖呵を切った。
その言葉通り、キメラは自身のマスターを攻撃することは決してない。
「あーしはアルジェのマスターなんでしょ?これ以上アルムを攻めるつもりならあーしは絶対ここから離れないから!」
カグヤはアルジェに対して強気な姿勢を見せた。
アルジェはカグヤをマスターと認識しているおり、キメラから見れば人間はあまりにも脆弱な存在であるためまともに手を出すことはできない。
よって今のカグヤはアルムを守る絶対の盾となっていた。
『なぜアルムを守る。人間は本来アルムに守られる存在のはず』
「アルムはあーしにとって大事な存在なの。大事なもの守るためなら理屈に合わないことするのが人間ってもんなの」
カグヤの言葉にアルジェは困惑するばかりであった。
カグヤの行動は完全に計算外であり、こちらの行動が狂わされる。
『今回はここまでにする』
アルジェは少しの硬直の後、少女の姿になってそう宣告するとカグヤたちに背を向けた。
カグヤの存在によってアルムへの追撃は不可能と判断し、この場を去ることにしたのである。
「待って!」
その場を去ろうとするアルジェをカグヤが不意に呼び止めた。
アルジェは足を止め、再びカグヤの方に振り返る。
「何?」
「明日、またあーしと話をしてよ。昨日と同じ時間、同じ場所に」
カグヤはアルジェとのコンタクトを試みた。
あまりに大胆な提案にアルムは耳を疑う。
『カグヤ、何考えてるのさ。ソイツはボクの敵なのに』
「うっさい!アルムにとってはそうでもあーしにとっては違うの!」
アルムがテレパシーで正気を疑うとカグヤは迫真の剣幕でそれを一蹴した。
「アルジェ、マスターのお願いを聞いてくれる?」
「わかった。明日の午前九時、カグヤの家に行く」
カグヤはマスターであることを強調した上でアルジェに確認をするとアルジェはそれを了承した。
そして踵を返すとそれ以上の言葉を遮るように早歩きをし、冷気で作り出した白い霧の中に姿を消した。
アルジェの姿が見えなくなり、町を包んでいた冷気が晴れて徐々に陽気が戻ってきた。
アルムの下腹部を貫いていた氷の槍が溶けたことでアルムは自力でそれを引き抜くと少女の姿に変身した。
「アルム!」
カグヤは人間の姿になったアルムの側に慌てて駆け寄った。
胸部と下腹部を刺し貫かれたのに加え、体温を奪われたことで凍傷を起こした肌が病的に青白くなっている。
危険な状態にあることは目に見えて明らかであった。
「カグヤ……」
「しゃべらないで!うちですぐ手当するから!」
カグヤは羽織っていた上着を脱いでアルムの腹をきつく縛り、強引に止血すると彼女を抱え上げて家の方へと走り出した。
普段運動をしていないとは思えないほどのカグヤの力と行動にアルムは人間の底力を感じた。
「あー、ちょっと身内が急病で……はい、今日は午後から途中出勤ってことで。あ、有給にしてもいいんですか?じゃあそれでお願いします」
カグヤはアルムを家まで運び込むと手当をしながらバイト先に遅刻する旨の連絡を入れようとすると対する他のスタッフたちからの好意によって有給扱いでの休みを手に入れることとなった。
「外があんなことになっててもうちは仕事があるんだなぁ」
これまでまともに有給を取得したことのないカグヤにとっては消化も兼ねたいい機会となった。
通話を切るとカグヤは近所で異常が発生しても仕事が休みにならないことをぼやいた。
数十分ほど手当を続けるとアルムの身体の震えが止まって呼吸が落ち着き始めた。
いつもの回復方法が取れようになったと感じたカグヤはアルムの尻尾を引っ張るとその先端をコンセントに突き刺した。
「あとはいつもみたいに充電すれば回復してくっしょ……」
いったんの山場を乗り越えたのを確認したカグヤは張り詰めていた極限の緊張が解けて布切れのようにふにゃふにゃと崩れ落ちた。
今度はカグヤの足が震えだし、仰向けに倒れて激しく息を切らす。
しばらくは動けそうにもなかった。
「これじゃどっちが手当てが必要なのかわからないよ」
「本当はアルムを病院に連れていけたらよかったんだけどねー……」
充電を初めて多少の元気を取り戻したアルムが冗談を言うとカグヤは床に仰向けになったまま本音を零す。
本当なら病院に連れて行って治療を受けさせた方が適切であるがキメラであるアルムは普通の人間とは身体構造が違うため、人間と同じ治療を受けられる保証がない。
さらに言えば戸籍のないアルムは保険にも加入できないため、病院に連れていけば多額の治療費がかかってしまうのである。
「カグヤは強いなぁ」
「別にあーしは強くないよ。アルムが死んだらキメラと戦える存在がなくなっちゃうから打算で動いただけ」
アルムがカグヤを褒めたたえるとカグヤは謙遜するように返した。
現状キメラと対等以上に戦えるのはアルムだけである。
もし彼女が倒されてしまえばこちら側にキメラと戦える戦力がなくなってしまうため、それを阻止したいというのもカグヤが行動に踏み切った動機の一つであった。
午前中十時を過ぎ、朝の騒ぎを忘れたかのように穏やかな時が流れる。
アルムは戦いの疲労から瞼を閉じて睡眠を始めた。
一方のカグヤは一連の行動の反動が収まり、ふと起き上がって活動を再開した。
『ちょっと買い物行ってくる』
カグヤはアルムのスマホにメッセージを残し、食材の買い出しに行くのであった。




